BOSCHの創業者ロバート・ボッシュは「信頼を失うくらいならむしろお金を失ったほうがいい」という言葉を遺した。この信念は現在のボッシュグループに引き継がれ行動規範になっているという。BOSCHはVWに開発目的で不正ソフトを供出したが、不正使用の決断はVW。お金のために信頼を失った
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
日本でディーゼルによる環境汚染問題が取り上げられたきっかけは石原慎太郎元東京都知事による『東京都ディーゼルNO作戦』(1999年)。ペットボトルの黒い煤を振ったパフォーマンスに日本中がディーゼルアレルギーに陥った。元都知事は旧運輸大臣経験者。内情は承知の上で政治的に動いたといえる
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
ディーゼルNO作戦は、改善されない東京都心部の大気汚染状況に業を煮やした都の環境規制当局者によって練られたもので、戦後の産業振興政策から優遇され続けたトラック/バスをターゲットにしたもの。RV(今で言うSUV)や東北北海道の一部を除いてディーゼル乗用車はメジャーとはいえなかった
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
しかし元知事が発したメッセージは、さすが閣僚経験のある政治家らしいパフォーマンスによって日本中をディーゼルアレルギームードに一変させた。この報道を受けた私の疑念は、ディーゼルNO作戦は技術の問題なのか政治の問題なのか経済が関わるのか純粋な環境問題なのか。それを探るべく取材を始めた
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
当時私はCSTVにレギュラーの自動車番組を持っていたので、それをベースに自動車専門誌を合わせて関係省庁、団体、企業を集中取材した。運輸省(当時以下同)、通産省、資源エネルギー庁、環境庁、東京都、石油連盟、いすゞ自動車。浮かび上がった現実は思った以上に幅広いものだった。
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
当時問題視されたのは、産業優遇や公共交通機関に供される社会的な側面から規制強化が進まなかった大型トラック/バスを中心とするディーゼルが撒き散らすNOxやPM(ディーゼルパティキュレートマター:微細な粒子状物質)。東京などの大都市部では深刻な健康被害を及ぼすことが指摘されていた
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
問題の根はどこにあるのか?産業優先、公共性からディーゼルの規制が緩かったのは事実で、石原都政が掲げたディーゼルNOは国レベルの行政のあり方に疑問を投げかけるものでもあった。技術の問題としては大型トラック/バスメーカーも環境問題には無関心ではなく、研究開発は進められていた
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
最新のディーゼルエンジンがこれによって劇的に変わったといわれる技術にコモンレールという燃料噴射システムがある。1000バール以上の高圧に高められた各気筒共通(コモン)のパイプ(レール)燃料の軽油を蓄え、電子制御で6~7回に渡って噴射時間/時期をコントロールして噴く画期的な技術だ
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
このコモンレール燃料噴射システムを世界で最初に実用化したのは日本のデンソーで1995年のことだった。エンジン呼称にその名を残すルドルフ・ディーゼルのイメージから何となくドイツのBOSCHかな?と思った向きもあろうが、トヨタグループ系列の日野や三菱のトラックに採用されたのが最初だ
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
コモンレールによる燃料の微細化と噴射タイミング/量・時間の制御と燃焼室/ピストン形状などによりエンジン内での浄化は進んだが、効率良く希薄燃焼させると空気中の窒素が酸化してNOxを増大させ、その抑制のため空気量を減らすと燃料が蒸し焼きになって煤(PM)が発生する。後処理が必要になる
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
当時は連続再生型DPF(ディーゼルパティキュレートフィルター)やNOx吸蔵還元型触媒が日本のイビデンなどによって開発されていて、技術的には前進の方向だったがその採用に関わるコスト増を税制などの優遇措置でフォローされないと企業活動としては難しい。さらにNOx触媒の特性が問題になる
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
NOx触媒に使われる貴金属(主にプラチナ)は硫黄被毒による劣化が懸念され、軽油に含まれる硫黄分の除去が不可欠となる。石油連盟や資源エネルギー庁を取材すると、当時の日本の軽油は500ppm(ppmは百万分の一分率)以上あった。後処理装置が有効に働くには10ppm以下が望ましいという
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
私が石油連盟に取材した当時(2001年頃)の段階では確か10分の1の50ppmあたりに削減されていた(と思う)。すでに世界でも上位のクリーン度合で、業界では3000億円の投資を掛けてみり、今後同程度のコストを掛けて10ppmに持っていくと説明された。現在は10ppmとなっている
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
結果としてのクリーンディーゼル対応可能な状況にあるわけで、石原元都知事の功績として認めていい。そもそも日本が輸入する大半が硫黄分の多い中東産原油で、ガソリン/軽油を問わず脱硫にはコストが掛かる。石原都政がディーゼル普及抑制と推進を演出した。政治は結果責任。見事な貢献と言えまいか
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
石原都政のディーゼルNO作戦によって蔓延したアレルギーによって今世紀初頭の日本に環境技術としてのディーゼルブームは生まれなかった。一方欧州では地球温暖化が技術的関心の上位を占め、二酸化炭素CO2の抑制が環境問題の中心を成すようになった。1997年のCOP3の京都プロトコルが源流だ
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
欧州では食糧自給率100%超のフランスのように農業大国という環境から農業に使われるディーゼル機器に慣れ親しむ文化的土壌があり、副燃焼室時代からも一定のシェアを占めていた。同様に農業王国の北海道でもJAによる軽油一括購入で農耕トラクターと同じ安価な軽油で走るクルマのシェアは存在した
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
ディーゼルNO作戦は日本にもあった乗用車需要を霧消させたが、欧州ではボッシュによるコモンレールディーゼル普及が進み、その経済性はもちろんだが何よりもスポーティで走らせて楽しい性能がEU全体で小型車の50%を占めるまでの人気を博した。
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
『クリーンディーゼル』は、環境性能については疑念も指摘されたがCO2=燃費低減はユーザーメリットとして歓迎された。ブームが喧伝されるようになった2005年以降、モーターショー取材などの折りに現地で欧州/日本のディーゼルモデルを試した。私なりの結論はブームの源泉は走りの良さに尽きた
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
コモンディーゼルターボは本来の高トルク特性に加え、懸念材料だったNVH(振動騒音粗さ)が抑えられ、走行中は現在のガソリンエンジンと見分けがつかない。アイドリングや遮音不足が気になる例もあったが、スポーティで燃費がいい素性の良さは交通の流れが速い欧州でもてはやされる主因と理解できた
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
欧州ではディーゼルが不可欠。日本各社も開発に乗り出したが、EURO5はまだしもEURO6には有効な技術基解決策を見出せずにいた。ホンダの2.2ℓ i-DTEC搭載のアコード/シビック、EE20ボクサーディーゼルのレガシィ、スカイ以前のアテンザ2.2ℓとPSA1.6ℓ搭載のアクセラ
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
乗れば納得の出来ばえで、オーバーサイズの2.2ℓ i-DTECが与えられたシビックCDiは2ℓ201psの同typeRより実用的でスポーティだった。印象的だったのは他に先んじてEURO6対応を果たしたアベンシス。DPNR(ディーゼルパティキュレートNOx低減)触媒の効果に注目した
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
たしかEURO5のレガシィEE20とコンボイしたと記憶するが、同じワゴンスタイルのアベンシスは11km/ℓ台とレガシィの30%落ちに終わりがっかりした。NOxの還元のために燃料を噴くためで環境対応には優しいが、燃費は直接ユーザーメリットに繋がる。今にして思えば正しさが分かるのだが
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
欧州でことあるごとにディーゼルモデルを試したのは2005~2009年頃だったろうか。魅力は肌で感じていたので、輸入各社に「日本市場での普及を考えるのなら得意技で勝負するべき」と進言した。日本ではまだアレルギーが強いとみる各社マーケティング部門の反応は鈍く、波はやってこなかった
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
そんな状況の中で画期的な出来事があった。2010年8月末、マツダが"テクノロジーフォーラム"と称したイベントをベルリンで開催し、世界15ヶ国から総勢38名のジャーナリストを招集し今や代名詞になったスカイアクティブテクノロジーの全貌を公開した。日本からは5名が招かれ私も末席を汚した
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
そこで手にしたTPV(Technology Prove-out Vehicle=技術検証車)とマツダが呼ぶ試乗車に搭載されたディーゼルエンジンの衝撃は今も忘れない。http://t.co/LzgSomXxhl詳細は上記のリポートを参照願いたいが、すべてはここに始まっている
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
マツダのテクノロジーフォーラム(2010年8月28日ベルリン)http://t.co/joI6KO5bMo が行われた背景は深刻だった。2008年9月15日の大手投資銀行リーマンブラザーズ破綻を契機とする世界的な金融危機による契機の落ち込みにより、マツダは存続の瀬戸際にあった
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
2009年3月期からの赤字が4期連続に及んだ真っ只中。フォード傘下から外れ、自立の道を探るプロセスに拍車が掛かかる過程で賭けに出る形で催した技術フォーラム。目玉はTPVという技術検証車。普段なら絶対に公開されない急ごしらえを4台用意。この台数が5人の招待に留まる理由と説明された
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
今日のマツダの原点ともなるSKYACITVテクノロジーの船出となるイベントの記事が出るや猛然と抗議する者があったと聞いた。「なぜ俺を呼ばない」メンバーを知ってのことらしい。誰を呼ぶかは主催側の裁量でとやかく言える筋のものではない。伝え聞いて驚き呆れたが、嘘のような本当の話である
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
ベルリンに招かれたのは5人。個人情報なのでここでは明かせないが「なるほどね」な布陣だった。後日(といっても今年の4月だが)NDロードスター企画の取材でキーマンとなる役員三銃士を取材した際、あの技術検証車は恥との発言があった。赤字でお金がない。しかし今後を占う技術はきちんと伝えたい
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
なら作っちゃえ。表向き旧型アテンザだが、中身はSKYACTIVアーキテクチャーづくし。後方排気のためにボディを切り貼りで伸ばし内装はやっつけ。普段なら絶対乗せないは正直な発言で恥の遺産は本音だろう。しかし現状を割り引いて本質を見抜くのがプロ。その信頼に応えるに足る見事な走りだった
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
ベルリンのフォーラムの時点ではSKY-Dディーゼルはまだ開発途上で、技術説明の主眼はSKY-Gガソリンに置かれた。強く印象に残ったのは420Nmディーゼルトルクの一目瞭然な走りのほう。改めてhttp://t.co/07k5Rn5jGIご覧い頂きたいが、私のディーゼル押しの原点だ
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
TPV(技術検証車)を仕立て限られた予算をかき集めてでも伝えたかった。後日談として聞いた話は、CX-5以降アテンザ、アクセラ、デミオ、CX-3、ロードスターとマツダ始まって以来の切れ目のないヒットで成功を見た今こそ笑って共感できるが、当時者にしてみれば乗るか反るかの心境だったろう
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
ここまでの様々な経緯を踏まえているからこそ、VWのアンフェアで自動車文化全体に悪影響を及ぼす行為には厳しく臨むべきだと直観した。擁護されるべきは不正を行ったVWではなく、それによってディーゼルエンジン全体が悪であるかのような論調に晒されたマツダをはじめとする他メーカーのほうだろう
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
擁護するものを疑え‥‥はそういう視点からほとばしり出たものである。情報の第一線に近いメディア関係に位置する者でありながら、全体を俯瞰せずに懇意をベースに味方する。村社会のような情実に絡め捕られた関係を優先する輩は、MITメディアラボの伊藤穣一言うところのBI時代の敵といっていい
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
BI(Before Internet)、とりわけブロードバンドが一般化し高速インターネットが普及した2000年代初頭からこっちは、既存メディアを通じた情報の上流から受取側の下流への一方通行から双方向のネットワーク化が進み、今やSNSを通してB-B、B→CからC-Cに軸が移っている
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
私は事態の移ろいとスピード感に付いて行けない世代だが、できれば世のため人のためになる仕事で生きたいと願う。そういえばベルリンメンバーには数日後ミラノで行われたデザインワークショップには目もくれず帰国した人がいる。魂動デザインはSKY‥‥と対を成す価値だが、興味の外だったらしい
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
技術一辺倒の正統を装う諸論は一見かっこいいが、クルマは元来ナンパな商品だ。スタイリングやカラーリングなどのデザインまわりは好みや口に合う合わないの世界だから、パスというのは分からないではないが、ショッピングリスト最右翼のスルーはどうか。堅い話ばかりでは自動車音痴のそしりを免れない
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
今回のVWによる一件、様々な現実を浮き彫りにしたという点で画期的な出来事だと思う。あたりまえと見過ごされたのは、実は長いものには巻かれろで口にしなかっただけで、既成事実を積み上げた権威にはとりあえず竿を差さない。身に降りかかる事でも、経緯から口を閉ざし保身に回る。問題はそこだろう
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
間違いは問題ではない。過ちは訂正であり正せば先に進める。しかし悪意を隠す嘘は駄目だろう。嘘は吐いた瞬間に訂正不能となる故意であり、過失にはならない。メディアに属する者は、幸か不幸か言動が媒体の中に保存されている。振り返るとすべてが白日に晒される。一貫性は?読者はそこを見ているんだ
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
間違いは問題ではない。過ちは訂正であり正せば先に進める→過ちは訂正可能であり‥‥に加筆訂正しますm (_ _)m
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
VW事件で今後ディーゼルが衰退する見方がありますが、私はそう思いません。現在地球上のクルマは約10億台と推計されますが、内燃機関を持たないクルマは0.1%(100万台)にも満たない。ディーゼルはガソリン同様有効な動力源で水素や電気と合わせたエネルギーミックスが当面の現実的対応です
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
20世紀初頭H・フォードのモデルT (1908年)がテキサス大油田の発見とロックフェラーの石油精製・ガソリン普及システム推進と軌を一にモータリゼーションを開花させたように、水素供給の技術革新で一気にFCV時代が来る可能性ありとみる。1908年にガソリンスタンドは存在しなかったのだ
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
次はEVだ、いやPHVだFCVだ、いやいやまだまだ内燃機関の時代は当分続く‥‥いろんな意見があり、断定気味にこれしかないと言い切る豪傑もおりますが、この場合トーナメント方式のノックアウトスタイルのチャンピオンシップは無意味で、総当たりのリーグ戦で今のところ最善はこれという段階です
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
現状10億台あるクルマが瞬時にEVになることはインフラから見て考えにくく、FCVも同断。低炭素化社会が必須となれば激変も考えられますが、既存の産業体制が現存する生産から利用、再生の循環の廃棄に即応するとは考えにくい。立場で断定的に物言う人に要注意。人間分からないことだらけで当然だ
— 伏木悦郎 (@fushikietsuro) 2015, 10月 12
0 件のコメント:
コメントを投稿