まぐまぐ!メルマガ『クルマの心』第391号2020.7.28再録 。
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伏木悦郎のメルマガ『クルマの心』
第391号2020.7.28配信分
●N360以来の軽自動車贔屓。かつての私有車にフロンテクーペありなのだ
久しぶりに日本の自動車メーカーの報道試乗会に参加してきた。ダイハツの
TAFT(タフト) 。完全子会社化したトヨタのスモール部門ダイハツがコロナ禍
で沈んでいる最中に発表に踏み切った軽自動車のフルモデルチェンジで、流行
のSUVテイストでまとめられている。
WEB上で写真を一瞥しただけで「これはアリかも……」と思わせた。クルマ
にとってfirst coneactはとても大事だ。サムネイルサイズの小さな写真でも
目に留まる輝きを持つこと。スタイリング/プロポーションといったデザイン
要件は、クルマの商品価値の中でも最重要となる魅力の根源だ。好みは十人十
色で様々あって構わないが、優れたデザインには共通する華があるものだ。
考えてみると、日本の専売カテゴリーといえる軽自動車は、世界に通用する
共通の価値観とは異なる特異な存在といえる。全長3.4m、全幅1.48m、全高2m
以下という3ディメンションで、エンジン排気量は660cc未満という制限規定。
元々、現代的な軽自動車は1967年のホンダN360の大ヒットに始まり、スズキ
のフロンテやダイハツフェローMAXなどが鎬を削りあった全長3m、全幅
1.3m、全高2m、排気量360cc以下という第一次軽自動車ブーム時代の延長線
上にある。
時代背景としては、1966年(昭和41年)と記憶される『モータリゼーション元
年』と相前後したタイミングだった。私事で言えば、1968年が16歳で軽自動車
免許が取得できた最終年(9月)であり、家業が酒屋や米屋の同級生が競い合う
ようにしてN360ツーリングSを買い求めた鮮烈な想い出がある。
以来、スズキアルトやダイハツミラといったボンバンタイプ(貨物軽自動車)
がアルトの47万円という低価格設定や諸経費の安さ低維持費を理由に注目され
た時代(1975年)の全長3.2m、全幅1.4m、全高2m、排気量550cc以下。やはりス
ズキがトールワゴンという新境地を開いたワゴンRの登場を促した全長3.3m、
全幅1.4m、高さ2m、排気量660ccへの規格改定(1990年)、そして現行規格とな
る全長3.4m、全幅1.48m、全高2.0m、排気量660cc(1998年)とつながる。
全長、全幅のスケールアップは年々注目度を増した衝突安全に対応して成さ
れたものだし、排気量660ccへの流れはそれに伴う重量増を考慮したもの。と
はいえ、最後の規格改定からすでに22年が経過している。この間の技術の進歩
は当然のことながら軽自動車にもハード/ソフト両面で活かされた。2000年に
は高速道路での法定最高速度が80から100km/hへと登録車と同じになっている。
●ハードとしての軽自動車は世界的な商品になる可能性を秘めている
まるで低い天井に成長著しい若者の背が伸びて頭が届くかのような事態だが、
世界の潮流とはかけ離れた価値判断を持つ政府行政官僚機構は自らリスクを負
わない無謬原則に基づく前例主義を一貫して保ち続けている。
国内の道路交通法に照らせば、頭を抑えつけられた登録車が下克上よろしく
年々技術の蓄積を高めてレベルアップする軽自動車に追い詰められるのは道理
という他はない。過剰性の海で溺れかけている国内使用環境における登録車
は、軽の上位に位置しながらその優位性を走りのパフォーマンスで示すことが
叶わない。1962年の法改正以来半世紀以上、58年間1km/hたりとも引き上げ
られることなく、世界的な評価を受ける日本車の実力を自国民たる日本人がそ
の恩恵を享受できないままに据え置いている。
同調圧力の激しい日本では、お上に逆らって和を乱す者は異端扱いされやす
いが、グローバルで評価されている日本車の実力を法の下で不当に制限を加え
ることの”ことなかれ体質”は率直に指弾されていい。過剰に安全性を求める
昨今の風潮は、欧州やアメリカでの道路交通を経験した者としては何とも歯痒
い。本来得ることが出来た自動車モビリティによる豊かさの実感を大幅に制限
されていただけでなく、およそスムーズなモビリティを享受するのとは真逆の
速度超過で罰金/反則金を徴収するなど、まるでクルマを所有/使用すること
が悪であるかのような行政が延々と続いている。
現実を疑うところからイノベーションは生まれるという。本音と建前を使い
分けて、現在の日本車の実力を持ってすれば普通に走ればそれこそ誰でも違反
を犯してしまうような不思議な道路交通法制が放置され続けている。そこに所
管の省庁の許認可権につながる既得権益の存在を疑わない方がどうかしてい
る。
ことほどさように、というところだが、日本以外にはほとんど市場性を持た
ない軽自動車が、年間自動車販売シェアで40%前後を占めている現実の危うさ
を語るメディアの少なさに日本におけるジャーナリズムの不在が顕著に表れて
いる。既存の自動車メディアが、商業ジャーナリズムの立場から自動車産業寄
りのポジションを取ることは理解できないではない。
しかし、出版メディア不況を背景にした企業や行政のパブリシティの垂れ流
しに甘んじ、自らのサバイバルのためにそれらの情報を合わせようとする姿勢
を続けることはもはや限界だろう。目をグローバルに拡げて、国際競争に勝ち
抜くことなしにこれまでのような繁栄は二度と戻っては来ない。
今まで通りでことが進むと思うのは勝手だが、日本だけが世界の自動車供給
の30%近くを維持できたのは仕向け地に徹底的に適合するクルマ作りに徹した
から。そこには日本国内で醸成された文化的土壌を背景とした日本車らしさは
なく、日本人の知らない日本車が世界中で高く評価されているにすぎない。
要するに、現在国内販売されているクルマの少なくとも4倍以上(約2000万
台)は、日本における価値観とはまったく異なる次元の、日本人的発想とは相
容れないところで評価されている。
●日本人のほとんどが、世界は今ある日本の現実と同じだと思っている
なにしろ、日本ではクルマが走る前提となる道路交通法の根幹を成す(と敢
えて言ってしまうが)法定最高速度が半世紀以上にわたって低く抑えつけられ
る中、バブル期までは国内販売と貿易輸出が拮抗(ピークの1990年には国内販
売台数は史上最高の777万台を記録。国内総生産台数は約1350万台。海外生
産台数は約330万台)していたが、ポストバブルの国内市場収縮(約500万台前
後)によって国内/国外の生産及び販売台数は大きく逆転。生産は最大で1対
2、販売に至っては同1対4強と圧倒的に海外市場優位となっている。
しかも、国内販売に目を向けると、使用環境における道交法などの法規制の
停滞により登録車(普通車)の届出車(軽自動車)優位性がほとんど消失し、
2008年に顕在化した人口減少に伴う少子高齢化などの要素も加わって、2014年
には全自動車販売における軽自動車のシェアは40.9%まで拡大した。この年に
行なわれた消費税増税(5→8%)や翌年度から実施された軽自動車税の増税
(7200→1万800円)に対する先食いもあったとはいえ、全販売台数約556万
台の内約227万台をほとんど日本以外に市場性を見込めないKカーが占めた。
要するに、日本人が日々の暮らしで見ている光景は、軽自動車が存在しない
この島国以外の国々には存在しない。その意味で特別な状況の下で自動車メデ
ィアは情報を展開しているわけだが、目の前にある現実が世界中の国々でもほ
とんど変わらないだろうと考えるのが国籍に関わらず人情というものだろう。
多くの場合、雑誌を中心とすく出版メディアは東京に集中している。当然そ
の守備範囲(せいぜい首都圏)まわりの現実が情報の核となる。このことは後
で触れることになるが、首都圏や中京、阪神といった大都市圏とその他の地方
では根本的に状況が異なる。公共交通機関の整備が行き届かない地域の現実は
クルマを所有する必要性が希薄になるほど移動手段が完備した大都市圏のそれ
とは別の国ほどの違いが存在しているのだが、そのことを情報として取り扱う
自動車メディアはほぼ皆無といえる。
東京の現実が日本全国に共通するリアルであるかのようなギャップが、必ず
しも狭くて小さな島国とは言えないこの国に暮らす人々から世界中に多様な価
値観が存在する事実を背けさせている。
すでに21世紀に入ってふたつのディケードが過ぎて、軽自動車が現行の規格
で開発が続けられて20年以上の技術の蓄積を手に入れている。世界を制した日
本の自動車産業の実力の一端は間違いなく軽自動車にも手厚く注がれている。
●走り出して1分もしないで、「これは良い」と直観した
さてダイハツ・タフト(TAFT)である。形態としてはスズキワゴンRによっ
て開かれたトールワゴンの系譜であり、直近ではホンダのN-BOX、ダイハツタ
ント、スズキスペーシアなどと一脈を通じる。限りある軽枠を最大限に活用し
て、スクエアな直線基調に巧みに表情を加え、軽妙なタッチでSUV感覚を盛
り込んでいる。
仕上がり具合としては、ホンダがN-BOXに連なる新世代軽自動車で試みた流
儀に沿う。すなわち、従来からの軽自動車の常識に囚われることなく、登録車
(普通車)を軽自動車のスケールで作り上げた仕立てとなっている。
これは昨今の軽自動車全般に共通することだと思うが、もはやかつての軽自
動車のような利幅の少ない薄利多売で採算を見込むようなビジネスモデルなど
ではなく、十分に儲かる小さなフツーのクルマと化している。
そのことは値付けを見ても明らかだろう。メーカー希望小売価格を見ると最
上級のGターボ4WDが1,732,000円、G(NA)2WDが1,485,000円、ベーシック
なX2WDが1,353,000円(いずれも2WDと4WDの価格差は12万6500円)と、
1975年のスズキアルト47万円とは正に隔世の感がある。ADAS(運転支援シス
テム)や情報周辺技術の採用によって高コスト化したとはいえ、値付けにかつて
のお気軽軽自動車の雰囲気はない。
内外装の仕立てやデザイン/テクスチャーに掛けるコストはBセグメントの
登録車と何ら変るところはない。むしろ、購買層が年季を積んだ高齢者だった
り、メカニズムには疎い反面テクスチャーという感覚的な商品性にこだわる女
性がメインカスタマーだったりすることを考えると、現実的な要求水準は思う
以上に高いということなのだろう。
そのことは今回の試乗の際に配布された『軽自動車の役割と貢献』と題され
た広報渉外室政策の資料にも明示されていた。
まず第一に軽自動車は地方の貴重な交通手段として活躍している、とある。
今や地方における軽自動車は公共の乗り物であり、鳥取、佐賀、長野、島根、
山形といった軽自動車の世帯あたり普及台数の上位自治体と東京、神奈川、大
阪、埼玉、千葉といった普及下位自治体の対比からも明らかだという。
たとえ東京都であっても、公共交通機関が充実した23区やその周辺市部と東
大和、武蔵村山、あきる野、羽村、青梅の各市や西多摩郡の奥多摩・日の出・
瑞穂町や島嶼部での軽依存率は歴然としている。
また軽自動車ユーザーの65%という高い比率で女性が占め(乗用車全体では
48%)、主運転者が60歳以上である比率も40%(乗用車全体では32%)に達す
る。さらにAEB(衝突被害軽減ブレーキシステム)も2019年度で92%の装備
を達成していて、政府目標を1年前倒しでクリアしたという。
●軽自動車でいい……ではなく、これが良いと思えるクルマ。
つまり、従来は明確に存在した軽自動車と普通小型車の商品性に関する格差
はほぼ消失しており、軽自動車が持つコンパクトさや維持経費の軽さが額面通
りのメリットとして受け取れるようになっている。
と、ここまで来ると、警察・公安委員会が許認可権にこだわって国内でしか
通用しないコンパクトサイズに留めたり、シェアの増大にともなう登録車から
の税収の目減りを補う自動車税の引き上げなど、行政官僚機構にありがちな内
向きの対応による時代錯誤は早急に解消される必要を感じる。
軽枠という国内でしか通用しない窮屈な規格に押し止めて、権限の及ぶ範囲
を維持し続けようとしている。そうとしか思えない実情と唯々諾々と従ってい
る”お上”意識の強い「皆と一緒ならそれでいい」と考える国民性。これはも
う変えてアップデートさせないと、気がついたら世界最後進国にならないとも
限らない。
クルマの仕上がり? これはもう激化する軽自動車のシェア争いを目の当た
りにしているような力の入りようを感じる。直線基調のスクエアデザインは、
ディメンション的に制約の多い軽自動車の現実を逆手に取って、潔く機能性重
視に振った上での切れ味の良さがある。
クロスオーバー的なアプローチは、ジムニーやハスラーなどキャラクターの
濃いSUVバリエーションを有するスズキ勢や都会的センスのハイトワゴンや
S660のような独自路線を行くホンダとは違う、いい意味での関西趣味。ほん
の小さな画像で”いいかも”と思わせるセンスは他ブランドとは明かに異質だ。
感心したのは、室内の居心地の良さだった。ドアを開けてシートに収まる。
ごくありふれた動作だが、シートの十分なサイズがもたらす安心感はちょっと
した驚きだ。全幅は1480mmと限られていて、室内幅も他の軽自動車同様十分
とは言えないが、ガラスルーフを配してもなお十分な室内高と外形デザインか
らすると意外なキャブフォワードによるAピラー/カウルトップの前進が奏功
して窮屈な印象を排している。
ステアリングホイールやシートクッションが生む剛性感といったテクスチャ
ー回りに掛けたエネルギーも中々で、昨今のKカーに共通する軽自動車という
ボトムカテゴリーに乗っているという劣情はほとんど湧き上がらない。ドライ
ビングインターフェイスはメーターナセル、大型モニター、セレクターレバー
を配したセンタークラスターのレイアウトによって巧みに上級感を演出する。
これに加えて、必要十分といえる動力性能が後押しをする。まずは660cc自
然吸気の3気筒12バルブDOHCは52ps(38kW)、6.1kgm(60Nm)のGグレードを
試したが、私としてはこれで不足は感じない。CVTとの組合せに限られてお
り、その走りの好みには賛否あるだろうが、現代的な都市型の使用パターンに
おいては余程の過酷な地理的ロケーションでないかぎり不都合はないはずだ。
このタフトにはDNGA(ダイハツ・ニューグローバル・アーキテクチャー)と称
される新しいプラットフォームが採用されている。トヨタのTNGAで培われた
ノウハウが活きたものに違いないが、パブリシティはともかく乗って走って操
る中で感じる確かな手応えは、率直に認めていい。従来の軽自動車とはひと味
違うタッチ。それがテクスチャー(手触り)として感じられたというのが本当の
ところだろう。
次いでGターボ(NAとも2WD)を試したが、基本的にはノンターボとの違いは
大きくない。スロットルを大きく開けた際のトルクの厚みは64ps(47kW)、10.2
kgm(100Nm)に相応しいものがあって、最大トルク発生回転数がNA・ターボと
もに3600rpmという条件を考えると歴然という評価になるかもしれないが、
CVTにありがちな回転上昇の軽さとNAのトルク感の掛合わせが、これはこれ
で良いのでは……と思わせる。
DNGAによる車両重量はNA、ターボそれぞれ830、840kg。登録車とスピード
を競い合いたいと思うなら話は別だが、ターゲットユーザーたる女性や高齢者
層の価値観にはむしろNAのほうが合うはずだ。高速道路でも法定最高速度+20
km/h辺りまでの巡航ならNAでも不足はない。ともすると、西欧近代の価値観
に染まって300km/h超のスピードをベースに序列を敷こうとするメンタリティ
から離れられない評価者が依然として少なくないが、ファンタジーをベースに
リアルワールドでの評価を語るのは健全ではない。
誰が乗るのかを考えない評価で己の価値観を押しつけるのは経験不足から来
る未熟と知る必要がある。まだ経験の浅い若気の至りであるならば、それは誰
でも一度は罹る通過儀礼なので悪いとは言わないが、40、50のいい年をして若
ぶるほど無粋なものもない。60過ぎてなお枯れることも出来ずにトータルな世
代間評価も出来ないようでは、いつまで経っても日本車の成熟は訪れない。
以て銘ずべし。クルマに乗るのは10代から個人差のある最高齢領域までまち
まちであり様々だ。歳を取らないと永遠に知り得ない世界がある。それに気が
ついた時に始めて、若さの魅力と価値が分かる。人のプロセスを通じて語れる
自動車ジャーナリストが何代か巡った末に、クルマ文化が成熟していく。そう
いうことではないだろうか。
今私が注目している(余裕があったら買いたいと思う)軽自動車を列記してお
こう。スズキジムニー、ホンダN-ONE(この秋デビューと噂される新型の6MTモ
デル)、ホンダN-VAN、ダイハツTAFT(燃費性能も加味してNAモデル)。以上
デザイン、コンセプトに輝きがあり、独自の世界観を有している。日本車の
中でその気にさせる登録車はそんなに多くはない。
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