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2013年1月13日日曜日

2013年、始動!!

年が明けて早13日ではありますが、なにはともあれ新年明けましておめでとうございます。

ただいまアメリカ西海岸時間1月12日21時46分(日本標準時は13日14時46分)。ロサンゼルス国際空港(LAX)のデルタ航空スカイクラブラウンジにおります。1月13日羽田国際空港(HND)0時30分定刻発のDELTA636便でLAXに降り立ったのが12日17時07分。日付変更線を越える太平洋航路東行きはジェット機以前では考えられなかった、時計の針が大きく逆戻りするタイムトラベルが楽しめる。

真夜中にHNDを発って前日の夕方に着く。今回の目的地はNAIAS(North American International Auto Show 北米国際自動車ショー)が行われるデトロイト。DTW(デトロイトメトロポリタン空港)へはこの後真っ直ぐに飛んで行くわけではなくて、MEM(メンフィス)で3時間21分のレイオーバーの後に13日13時30分に到着の予定となっている。

LAXでのレイオーバーは実に8時間余。まずはシャワーを浴びてから、ラウンジで飲み食いPCのキーボード叩きながら時間旅行についてあれこれ考えている。

今回のデトロイトNAIASは、ミレニアムの2000年から連続して14回の皆勤賞。継続は力かどうか判断いたしかねるが、ここまで来たら続ける以外に途はないだろう。

高度経済成長の絶頂期(1970年)に運転免許を取得し、交通戦争・排ガス公害、第一次オイルショック、日本版マスキー法、永遠の成長が信じられた1980年代の円高不況から一転してのバブル経済、バブル崩壊の混乱とポストバブルのホープレス社会、ITバブルとその崩壊、米国の金融工学がもたらした繁栄からリーマンショック・GM/クライスラーの倒産、中国の台頭に東日本大震災と超円高……。免許取得から43年、フリーランスライター専業となって35年、様々の紆余曲折に直面してきた。

この20年の沈む一方のデフレ不況の中で、常に変わらないといけないと言い続けてきた。具体的な行動が伴わない苛立ちを覚えつつ、我が道を貫こうとやってきた。まだ諦めるわけには行かない。少しでもいいから理想に近づく努力だけは惜しみたくない。この15年というもの、NAIASを見続けてきて浮沈という誰にでも訪れるだろう変化について学んだ。

ここ数年の中国の台頭は、明らかに世界の勢力図を大きく変えるインパクトのあるものだが、市場としての公平性、歴史の上に立つ社会的な安定感ということではアメリカに及ぶ国はない。クルマについて言えば断然そうだろう。

アメリカで販売されている北米市場専用の日本車の存在を、日本のメディアは知ろうとしない。年を追うごとに縮小傾向にある日本市場しか見ずに、海外と国内は別と必要以上に地元市場を特別視する。結果はガラパゴス状態として表面化しつつある。

メディアの遅れ、不見識がその最大の原因であることは疑いようもない。そのほうがメディアにとっても楽であり、必要以上に密接に結びついてしまった行政の側にも責任が及ばないように世の中を仕組むという意味でメリットがある。

メディアが権力とくっついてどうする?政府発表に象徴される発表報道で自らリスクを負わないことに慣れ、皆が揃って間違う方向に突き進む。その行動パターンは70年前の戦時体制とほとんど変わらない。そんなこといつまでも許していちゃ駄目だ。

とにかく変える。3年前の民主党政権樹立は多大なコストを払う結果になったが、それもやってみて分かった話。やらなかったら何も変わらず、もっとおかしなことになっていた可能性のほうが高い。

まだまだ細々と高い授業料を払う必要が出てきそうだが、せめて努力を惜しまない気概だけは保ち続けよう。

本ブログ伏木悦郎のDRIVING JOURNALは、まぐまぐ!のメルマガ『クルマの心』との連動を柱に個人による情報発信が可能な時代のコミュニケーションツールとして機能するよう日々改良を加えて行こうと思う。FACEBOOKやtwitter、youtubeなどとの連動も図りながら、フリーランスのジャーナリストが経済的に自立することで偏りのないメディアとなることを目的にする。

力及ばず…に終わるかもしれないが、とにかくやるだけやってみます。

まぐまぐ!メルマガ『クルマの心』でずっと前からそうしようとしていてできなかった画像や動画を絡めた展開。これを契機に始めたいと思います。

デトロイトショー取材スケジュールに入ると時間がなくなりそうですが、まあ帰りの空路とレイオーバーの時間でなんとかなるでしょう。

デザインは南カリフォルニアのCALTY、開発はミシガン州Ann Arbor生産はケンタッキー。すべてアメリカで完結する北米におけるトヨタブランドのフラッグシップアバロン・ハイブリッドは、エクステリア/インテリアデザイン、スタイリング、2.5ℓ横置きFFベースのTHS-Ⅱというトヨタの虎の子で良き時代のアメ車の雰囲気を漂わす。おそらく日本への展開を考える以前に中国への導入が事前に検討されていた。そういう推測があながち嘘にならない現実的な対応。

一方、アコード(EX-L)3.5ℓV6モデルは、LAX空港のパーキングで引き取ってLAダウンタウンの宿までの20㎞余りのドライブでこんなに良くなっていたの? その洗練された走りに驚きを禁じ得なかった。ピックアップしたのが夜間ということもあり、スタイリングについてはノーチェック。翌朝まじまじと見ると、やはりデザイン、スタイリングがホンダに残された最大の課題だと確信した。Hマークが付かないとノーブランドになりかねない。そういう万人受け狙いの危うさからいかに脱却するか。ホンダの夜明けはそろそろということを肌で感じさせた一台。それがアメリカ専用(現時点)モデルであるという点に世界のホンダのむずかしさ











2012年もっとも衝撃を受けた一台。TESLAmodelSはモーターショー取材等で存在は確認していた。それまでのロードスターのようにロータスエリーゼのボディを利用したコンバージョンではなく、専用プラットフォームを興し、リアアクスル直後に置かれたドライブトレイン(モーター、ギアボックス、インバーターがモジュール構造で一体化されている)で後輪を駆動する2WD。

前後アクスルの間に収められたバッテリーパックはロードスター同様に丸型ドライバッテリーを7000個以上詰め込んだテスラー流。リチウムイオン2次バッテリーは、40kwh、から60、85kwh、85kwhパフォーマンスと4タイプが設定されていて、バッテリーの容量によって航続距離(下から250、375、500㎞)や加速性能(85kwhパフォーマンスの0→100㎞/hは4.6秒、最高速度212㎞/h)が差別化され、価格もベースモデルとトップモデルでは2倍近い差が生れる。

それはともかくサンタモニカで行われた試乗会での印象は痛快そのものであり、クルマへのアクセスに始まってシステム起動、実際の走りの質の高さ、内燃エンジン車では経験できない静かで力強い加速性能に心底驚かされた。

省スペース性に優れたプラットフォームの上に設計デザインの自由度が高いアルミ製ボディを被せる。そのスタイリング面での可能性の高さ、乗れば分かるではなくて、見るとちょっと乗りたくなるスタイリングの良さ。じっくり走り込むきちんとした試乗では粗が出るかもしれないが、現状でも手を出したくなる商品性の高さは魅力。今一番自分のモノにいたいクルマの最右翼。テスラ・モデルSはこの夏過ぎにもまずは左ハンドルから、冬には右ハンドルを用意して販売されることが決まっている。すでに予約も始まっている。クルマらしいクルマの形をした未来的な乗り物。EVの明日を切り開くパワーを感じさせる一台。











2012年10月16日火曜日

2012 Mondial de l'Automobile パリサロンにて

パリに行ってきた。といっても帰国してからもう10日以上過ぎている。リズムとバランスが悪く思うように行かない。時間が溶けるように過ぎて行く。。そういうこともある。それくらいの年季は重ねていると言い聞かせているが、ちょっと度が過ぎるるかもしれないという今日この頃だ。

今回の渡航は史上最悪の出立となった。前夜からPCのHDDから画像ファイルを抜いて、現地取材時に支障がないように万全を期そうとした。ついでに、i-Phone の画像もPCにとゴチャゴチャやっていると、i-Phoneが「はぁ?」状態に。

その後のドタバタは本人の名誉のために省力するが、最速ルートを辿って成田第二ターミナルのJALカウンターに着いたのはなんとフライトの45分前。国内線じゃありません。途中日暮里駅から到着予定時刻をJALに伝えてあったので、対応してもらえたが、痺れたなあ。

予約したフライトルートは、成田~北京~パリ・シャルルドゴールの往復。ヨーロッパの格安予約サイトで見つけた往復込み込み11万円台は、行程4分の3は中国南方( JAL共同運行)、中国東方(エールフランス同)、中国東方(同)のスカイチーム系、残りがチャイナエア(ANA同)でスターアライアンス系。どうしてこういう予約ができるのか分からないが、背に腹は変えられないということで。

とんでも…な旅立ちだったけれど、飛行機に乗ってしまえばこっちのもの。北京首都国際空港では約3時間の乗り継ぎ。ターミナル3から2への移動があるので、そこでi-Phoneのバックアップを完了すればいいか。思惑どおりスカイラウンジが使えwifiに繋いでなんとか使えることに。パリには夜明け頃に着き、やっぱりね……のアドベンチャーの日々が始まった。



まずは、プジョー本社で東京のプジョージャポンにお願いしてあったプジョー208をピックアップ。ラ・グランド・アルメ通り75番地ってどこ?タクシーで向かうと、ああっこのロケーション。凱旋門とポルト・マイヨールの間、土地勘のある所だった。


借用したのは、プジョー208 3ドアALLUREのHDI。1.4ℓの6速MTモデル。すでに日本でも発表済み(ガソリン仕様だが)で近々その試乗会も行われる。一足先に現地で乗る体験は興味深い。日本向けには予定のないディーゼルモデルの走りはいかに? 

このセグメント(B)では値の張るディーゼルは絶対的な多数派とはいえないが、トレンドを知る上では手にしておきたい存在だろう。


PARIS EXPO PORT DE VERSAILLES




LEXUS LF-CC 


NISSAN TERRA FCEV


SUZUKI S-CROSS CONCEPT


TOYOTA 86 DRIVING SIMULATOR


次期メルセデスベンツSクラス イメージ動画


次期フェラーリ限定シリーズ用シャシー


まぐまぐ!メルマガ『クルマの心』読者の皆さんへ。写真はまた後日ということで。





















しばらくこのシリーズ続きます。


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このエントリーは、まぐまぐ!のメルマガ 伏木悦郎の『クルマの心(しん)』と連動しています。
試行錯誤中ですが、twitterやFACEBOOKなどともリンクさせて行きます。

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2012年7月23日月曜日

クルマと拳銃 (みんカラ・specialブログからのつづき)

■みんカラspecialblog 2012.5.29付けからの続きです

4年前の2008年11月。米国本土初上陸という30代の編集者MとLA国際オートショー取材に出掛けた。

いつもそうするように空港の民間パーキング預けで手配しておいた試乗車(ACURA TLだったか)のステアリングを即譲り、Let's go!! 有無を言わさず走り出した。

GPS・NAVI装備だったが、彼は右も左も分からない状態。当然緊張と混乱の興奮状態で頭はグルグルになったはずだが、海外でのいきなりのドライブ体験は生涯記憶に残る一生ものだ。


着いたその日に300㎞ほど走り、日を改め23年前に行ったトーランスのシューティングレンジ(Sharpshooter)を訪ねるとちゃんと営業していた。

ちょっと迷ってから選んだのがキンバー45automatic。LA.P.D.S.W.AT( ロサンゼルス市警特殊部隊)が正式採用するという業(ワザ)物だ。

KIMBER45は23年前のあの感覚をたちまち蘇らせた。けっして新しいメカニズムではないようだが、7+1発のオートマチック45口径による迫力の実射は過去の経験を完全に振り払った。

大排気量ハイパワーのスーパースポーツを手にしたような緊張をともなう高揚感。それをいきなり体験したM君はどう感じたのか。

あえて聞くことはしなかったけれど、今はオートバイ雑誌に異動した彼はクルマ以上の距離感であの時の印象を噛みしめているに違いない。

現代のクルマは、機械的な不都合は少なく、人間工学的にも比べ物にならない進歩を遂げ、拙(つたな)いドライビングスキルを補う数々のデバイスも充実している。

たとえば先の黄金週間に試したポルシェ911カレラS(タイプ991)PDKは、400psを難なく受け止める高い走りのパフォーマンスと上質なタッチの快適性を両立。クラシックなコンセプトと最新の技術の融合を実感させる、超モダンを実感する洗練された仕上がりだった。

すでに十分すぎるサイズへと成長したボディは、997以上にインテリアの質的空間的充実を追求したこともあって、ステアリングを握る者に"存在としての重さ"を印象づけるようになった。

それこそがタイプ991に唯一ついた疑問符といえるのだが、走らせてしまうとそれも納得となる。似つかわしいとは言えないジムカーナコースを試しても望外のハンドリングを味わえたし、デザインとエンジニアリングが織りなす雰囲気、味わい、タッチはどれも独特のオリジナル。

トータルパッケージで勝負する走りのセンスは、ブランド価値に違わない内容の深さとレベルの高さをまざまざと見つける。

空冷時代のコンパクトネス…それこそが、稀代の個性派スポーツカー911にとってかけがえのない価値である。多くのポルシェフリークが主張する意見には大いに賛同したいが、ついにストックで400psの大台に乗ったNA3.8ℓボクサーを引き受けるボディ/シャシーがこのスケールを必要とした。

高い水準が求められるようになった安全基準への対応だとを考えると、このボリューム感は理解できるところではある。

302㎞/h(7速MTは304㎞/h)の最高速は現実感には乏しく、実際に試す機会はほとんどないはずだが、ハイエンドスポーツカーの走りに嘘やごまかしがあってはブランドに傷がつく。極限に迫ったモノ特有のクォリティ感がポルシェの最大価値だったりもする。

リアルな顧客としての富裕層の嗜好は、ストイックさよりも日常で得られるFUNと快適性を求めている。それに対する回答が最新のポルシェ911.タイプ991ということなのだろう。

世界屈指のプレミアムスポーツ911カレラ Sは極端な例かもしれないが、現代のテクノロジーがビギナーのアクセスを容易にしているのは事実だろう。気難しさはどこにもなく、クラッチとシフトワークに煩わされることなく走れ、アイドリングストップまで作動する。

圧倒的な存在感としての重さに負担を感じない余裕の持ち主には、史上最良の911という評価はごく自然に胸を通ることだろう。

では、新たに免許を取得したビギナーの身体感覚はどうなっている? いままさにその瞬間を迎える人にしか分からない境地だが、はたして彼らのストレスは大幅に軽減されたといえるのだろうか。当然個人差はあるはずだが、僕はビギナーはシンプルにビギナーに過ぎないと思っている。。

2ペダルのPDKは、エンジンeng、トランスミッションt/mと運転者が直接メカニカルにつながり、自らの身体を介して御する面倒はなくなった。イージードライブ化の促進は、ハイパフォーマンスにアクセスする垣根を大幅に下げたが、その分身体機能が広がる余地、発展性は抑えられた。

スポーツカーの醍醐味は、自分の能力やセンスなどの身体性を楽しむところにある。評価を自分の内面に求める本質からすれば、自動化は明確なレベルダウンの元と断定されるべきだろう。

技術の進歩やインフラの質的向上によって、スピードに象徴される結果としての走りの可能性は高まったかもしれない。だが、肝心の走りのスキルはむしろ落ちてはいまいか。

技術が至らなかった過去よりも、エントリードライバーの能力が下がっている。スキルアップの機会を失ったことで、ドライバーの質が好ましくない方向に動いた可能性は否定できない。

ビギナーにとって未経験の100㎞/hは、未知ゆえの避けられない恐怖であり、克服するには経験を積むほかはない。いわば『運転"道"』の必須テーマということになるだろう。

テクノロジーの進歩とインフラの整備よって、ハードルは格段に下がったといえるが、障害がゼロになったわけではないし、今後消えてなくなることもない。

それをさらにクルマの安全ディバイスなどのテクノロジーや、ITSに象徴される道路インフラなどの整備によって極小化を目指す。そのような物言いには正直違和感を覚える。

僕がすでに何度も体験し、フィジカル/メンタルの両面でも克服している200㎞/hを超えるスピード。それは経験する意志も能力も機会も持たずに判断を迫られる行政官僚にとっては、客観値として危険であり、判断しかねる(というかその必要も感じない)トンデモナイ世界ということになるだろう。


少し前のここで話題にした300㎞/hなんて、自分には関わりのない別世界の話、宇宙旅行と同列で語りたい現実感が極端に乏しい無関係無関心な事柄であるに違いない。

多くの日本人がアメリカの銃社会に対して抱く漠然としたイメージ。現実感はまったくないのに、元来人とモノの関係は生活の中にあって、使う人の暮らしぶりに思いを寄せないと理解できないはずなのに、観念的にあっさりと捉えている。

そこにある銃の存在だけに注目して、周辺の事情や環境要因には関心を払わない。モノの改善だけで問題解決は図れると短絡する。

これも肝心なことは報じないメディアの問題と言っていいと思うが、後に責任が発生するような重要な判断が求められる時、自らの意見を述べずに、データや内外の役人、メーカーの見解を並べる。この辺は、銃をクルマに置き換えても通る話だろう。

日本のビギナーにとって未経験の高速道路100㎞/h走行は、おそらく僕がその気になれば難なく実現できるオーバー200㎞/h走行の何倍もの驚怖であるに違いない。高速教習で許された100㎞/hの法定速度はあって無きもので、散々教習所で習ってきた遵法速度では秩序を乱す側になりかねない。

現在高性能と評価されるクルマの実態は高速性能に秀でたクルマであり、ヒューマンファクターを除いた条件付きの評価指標に留まる。そこを言わずに、安全を外部に求めたところで何の意味があるのだろうか?

殺傷能力を最大限に追求した上で、使用は所有者の意志と能力に委ねる。銃は、所持を禁止すれば危険は最小限に留まるが、権利で認められているとなれば使用の可能性は飛躍的に高まる。

クルマの性能も考えると不思議だ。合法的に速度無制限を認めているのは、知るかぎりではドイツアウトバーンの一部でしかない。広大な原野の中を行く実質無制限の名も知らぬハイウェイはあるだろうが、先進国でも120~130㎞/hが高速道路の平均的な上限速度。アウトバーンでもドイツメーカー各社は250㎞/hでリミッターを作動させる紳士協定を結んでいたりもする。

日本の100km/hは先進国では最低レベルで、グローバル化した自動車産業にとって厳しい足かせになっていることは間違いない。クルマは道路が作る、とあるメーカーの名物テストドライバーは看破したが、日本の法律で縛られた道で作るかぎり国際競争力のあるクルマは作れない。

クルマを税制や有料道路や速度制限などの高コスト化で拳銃を取り締まるように厳重に縛り、ユーザーの使い勝手を考えることもなく、稼ぎ頭だった自動車メーカー開発陣全世界に向けたクルマ作りを後押しして成長に寄与する気概もなく、ただただ許認可権などの権限の維持に腐心する。


官も報(メディア)も共通するのは、失敗を恐れて自らクルマを運転することを徹底的に排除しているということ。自らステアリングを握ることを避ける者が権限を握り、取材するマスメディアも黒塗りのハイヤーで記者会見に押し寄せ、アイドリングストップどこへやらの体で路上に列をなしたりしている。


アメリカには約2億7千万丁の銃砲が存在し、事故や事件や自殺などで年間約3万人が命を落としているという。日本の年間自殺者数に匹敵する、それぞれに重大な問題だが、実は全米の自動車事故死亡者は年間約4万人を数える。


約2億4千万台保有のクルマのほうが、銃砲より多くの死亡事故に関わっている。アメリカのFMVSS(連邦自動車安全基準)は世界の自動車安全基準のベンチマークとされるもっとも早くから法制化された基準だが、その登場の背景には想像を絶するインモラル、不正使用、異常行動から善良な市民を守る…という発想が見て取れる。


ちゃんとしている人もいれば、そうではない人もいる。どちらも運転者には変わりはない。そういう視点で海外の安全基準のそもそもの生れた背景に思いを寄せるメディアはなかった。

いつの時代でも、初めてクルマに接する人は現れる。彼らに、確証はないけれどなんとなくそういうことになっている、といった分かったつもりの曖昧さで向き合うのではなく、いや実は世界はこう言うことになっているをバイアスをかけずに伝えたいもの。

そうやって考えると、いかに我々は本当のことを知らない、調べていない、実地で経験していないということに思い当たる。

ここから先は、メルマガ『クルマの心』を軌道に乗せて、自分の足で世界を歩く体制を敷いてからでないとどうにもならない。日本に直接関係のない、あるいは正しくてもその情報を持ってきてしまうとこれまでと帳尻が合わない……そんな話がゴロゴロしている。そうであって欲しくはないが、この国が本当に変わりたい気持があるのなら、情報の多様性による開国は不可欠だろう。

進む道はそっちだと思っている。

2012年5月20日日曜日

300㎞/hの本質


現在、300㎞/hオーバーの市販車は世界にどれほど存在するか。一度正確に把握しないといけません。10の桁であることは間違いありません。もっとも、それらのクルマたちが、自由にスピードを謳歌できるかというと、話はそんなに簡単ではありません。速度に対応したレーシングコースやテストコースや高規格な高速道路で、他の交通が走行の妨げにならないという条件をクリアした上で、天候や諸々のコンディションに問題がないという時にのみ可能な話です。

あるメーカーのスーパースポーツ開発責任者は、300を鼻唄まじり、隣のシートの同乗者と話をしながらとプロダクトの優秀性を語っておられますが、300km/hはそういう緊張感のない世界ではありません。

今から30年ほど前、日本版マスキー法克服の目処が立ち、再び高度成長期のパワー競争に人々の関心が移り出した1980年代初頭のことです。当時茨城県谷田部町(現つくば市)にあった日本自動車研究所(JARI)のテストコース(5.5㎞の高速周回路と総合試験路)は、市販車の性能を実地に検証する場として盛んに利用されました。

その時代の流れの一環として最高速トライアルがブームの兆しを見せていたわけです。いわゆるチューニングカーによるスピードトライアルで、それをメイン企画とする専門誌もいくつか登場していました。まだ駆け出しで、食うためなら何でも……という感じで関わったのが1983年頃でしょうか。RE雨宮やトラストなどのチューニングショップが自社製作のマシンを持ち寄り、雑誌がテストして誌面に記事化する。そのテスターとライターをやってました。

83年当時の最高だった雨宮RE・SA22ターボの記録はたしか288㎞/h。油温計の針がまるでタコメーターのように急上昇するツワモノは、計測地点からの逆算で加速開始ポイントを探る必要のある刺激的な一台として記憶に残っています。トラストのセリカXXツインターボも忘れられませんね。

当時はまだ運輸省が60タイヤを認可していない時代。200㎞/hオーバーに耐えられるタイヤといえばピレリP7が最右翼ですが、当時はまだVR規格(240㎞/h)どまりだったかと思います。それで274㎞/hを計測したXXを走らせた。

設計速度190㎞/hのJARI高速周回路のバンクで速度を高く保持するにはステアリングを左に切る必要があり、ダウンフォースを得る空力も手伝ってストレスが右前輪に集中しました。結果が内部構造破壊によるバーストです。当時は用心のために計測地点を過ぎると即アクセルを戻し、異常に対応することを自ら課していました。

軽くブレーキに足を乗せると、グラッ。あちゃ~であります。そのままバンク上方には向かわず身構えていると、ボンッと鈍い音の後テールが巻き込み、後ろ向きのままバンク上方まで流されました。幸いガードレールにタッチすることなく下りて来ることができてセーフ。「あの、この車、ターボなんで、エンジン急に止めないでくださいッ」駆けつけた若いメカニックの言葉は今も耳に残っている。そういう事態じゃないだろう。バンクに残ったブラックマークを見上げながら、苦笑する他なかったなあ。

その後、チューニングカーの最高速トライアルは過激化の一途を辿り、さすがにこれは厳しいかな…と。オプション誌の大ちゃん(稲田大二郎さん)はこの道で活路を開き、やがてボンネビルまで足を伸ばす筋金入りとなった訳ですが、僕はまだサーキットのモーターレーシングに未練があったので手を引き、85年のグループCマシン一気乗りに向かいました。85年のFSWでスピードガンを用いて計測したた296㎞/hが客観的なデータとして残っている僕の最高値ということになります。マシンは日産LM03C 。シケインのない時代のデータです。

この時初めて視界の両側から色彩が失われる経験をしました。あまりの加速の鋭さに、視野が狭まり色を認識することができなくなる。訓練で動体視力を鍛えることは可能ですが、秒速83mの世界への対応は人類に平等で、明確に生理限界は存在します。JARIの高速トライアルやクループCマシンのテスト、さらにはドイツアウトバーンでも経験していることですが、大体250㎞/hを境に何度経験しても身体の芯からザワザワと湧き上がる心地悪さ、得体の知れない恐怖感のようなものに包まれる。

あれは何なのだろう。気になって少し調べたことがあります。視覚から入った情報が脳に入り、処理された後に身体の筋肉などが刺激されて何らかの行動が生まれる。そういうことだろうと当てずっぽうで脳とか神経伝達のメカニズムとかに首を突っ込むと、神経伝達速度に関係する神経には有髄・無髄という鞘が有る無しのものがあり、その最速が有髄神経系の70~120m/sなんていう話に行き着いたりしました。

まあ、完全にオヤジの酒飲み話の域を出ませんが、人間の生理に密接に関係しているのは間違いなく、たとえばドイツのアウトバーンでは250㎞/hを一応のリミットとする紳士協定があったりする。秒速にすると70m/s。そこには何らかの相関がある。随分前に調べて頭に入ったつもりの話ですが、今では少し曖昧になってしまいました。そういえばそうだった。かつていろいろ深く考えたり調べたことが、実は今直面している諸問題を解きほぐす糸口になる。何かそんな気がします。

300㎞/hのカタルシスはなかなかのものですが、経験できる圧倒的少数と頭だけで分かった気になっている大多数による曖昧模糊とした状態が、クルマで本来語られるべきリアリティから遠ざけている。遅いけれど楽しいとか、日常的な速度感覚でもスポーティであるとか、安全ディバイスにみられるようてマッチポンプではない身体が自発的に機能するクルマの性能のあり方こそがこれからの技術テーマなのではないか。今までどおりとは少し違うところに、答はあるように思うのです。

300㎞/h超の世界は面白いので、さらに追求してみたいと思います。


2012年5月18日金曜日

クルマ離れのススメ(つづき)

みんカラ・スペシャルブログ『クルマとからだ』5月18日付からのリレー投稿です

その後昭和53年排ガス規制克服から一転パワーウォーズ、無限の成長を信じた80年代からバブル、その崩壊とポストバブル、リストラの時代から神風が吹いたようなミレニアム以降と目まぐるしく時代は移り、リーマンショックと東日本大震災で止めを刺された。

実はバブルとその崩壊は、高度成長とオイルショックと見事に重なり、鉛公害に端を発する排ガス規制(公害対策基本法制定=68年~日本版マスキー法=78年))の強化と米国カリフォルニア州のZEV法(95年)にいつの間にか地球温暖化化の原因物質としてのCO2問題が合流したCOP3京都議定書(97年)以降の流れも同様の"メカニズム"を感じる。

この1970年代に清濁併せ持つクルマの洗礼を受けた僕の気分と、地球レベルの新たな環境問題が急浮上した1990年頃に生まれ幼い時分から環境教育を受けて育ってきた件の学生世代が抱く感覚は多分同じだ。

異なるのは、情報化が進んだ現代は圧倒的に情報量が多く、若い世代が自分の抱く疑問に対する解決の糸口となる情報に簡単にアクセスできて、自分の頭で考える余地が過去のいかなる世代とも異なって多くなっている(はずだ)。彼らの意見の多くは、これまでの成り行きやしがらみに囚われることなく、軽やかに現状を把握し、極めて合理的に判断を下しているように見える。

「クルマなど全くほしくありません」は、多分今を生きている実感を素直に語った本心だろう。あれだけエコだ環境だ石油枯渇だ交通安全だ……とさんざん言い含められてきて、それでもクルマは素晴らしいと大見得を切れる人物は化け物か超人のいずれかだろう。何の疑いもなく大学に進学することができた無垢な人々に、世間の一筋縄では行かない混沌を理解できるはずもない。

というより、そんな手垢にまみれることなく、そのまんまの勢いで伸びやかに軽やかに生きてもらったほうが、行き詰まった時代を変える可能性は高いのだが、今まで通りで逃げきりを図りたい人々にとってこれ以上の脅威はない。そう考えると彼らが無事に思いのまま生きられる保証はない。そもそも既存メディアがスポンサーをつけて若者を取り込もうという悪企みに乗ってしまっている時点で厳しい。そこに気がつくかどうかが分かれ目という気がする。

まあ、そもそも世界を変えてやろうなどという不届きな野心を抱くほどの程度の良い若(バカ)者ではないようなので、大人の望むような答しか出せないようにも思うけれど。

僕は若者がクルマから離れてくれたほうが嬉しいと考える者である。日本経済を動かしているのは自分だという頼まれもしない責任感にかられた大手の自動車メーカーの経営陣ならいざしらず、消費する側に立てば道路を利用する人口は減るに越したことはない。すでに人口は増加から減少のプロセスに入り、国内市場がピークを過ぎて縮小過程に入ったのは明らかだ。

それがマズいというなら、もう一遍生めよ増やせよの大号令を掛ける必要があるはずだが、当事者といえる若い世代にその気は全く感じられない。今ある社会の便利さは、経済成長を前提としその結果として作り上げられ運営されている。その仕組みが反転すれば、当然今までどおりでは行かなくなるはずなのだが、何故か老若男女を問わず今ある状況が不変であるかのような言動に終始している。

わが家の近所にあるつくし野は、『金妻』の80年代には人も羨む田園都市の高級住宅街だった。しかし、高齢化とともに相続の問題が被さってきた昨今は、見る影もない淀んだ空気に覆われている。高度経済成長を支えたベッドタウンがどこもスラム化の危機に瀕しているいっぽうで、都心には再開発による高層アパートが林立する。地震大国であることを忘れたかのようなブームは、今まで通りを前提にした人々の気分と意志の表れにほかならないだろう。

公共交通機関が揃っているからクルマは要らない。そう言えるのは、その暮らしぶりに適応できる人に限られる。今の自分がそうだからといって、将来の自分がそうなる保証はそうであろうとしないかぎりない。仮に収入が下がれば生活費の安い郊外での居住が必然となるが、周辺部では自動車が必需品となる自動車化が意外なほど進んでいる。

大都市にさらに人口が集中する傾向が続けばそこへの投資は続くだろうが、減少サイクルに入ったら綻びは想像を絶するに違いない。破壊的て自然現象に襲われたら…というリスクを想定しない想像力の欠如は、エネルギーに溢れると同時に経験に乏しい世代の限界として認識されなければいけない。

クルマの話だ。僕はシンプルにエゴイスティックな存在だと思っている。個を基本とするモビリティツールであり、己の身体性を飛躍的に高める身体機能の拡大装置。単なる利便性だけでなく、快楽や気分の高揚を得るという欲望を満たすツールである側面も見逃すべきではない。

エゴを拡大するという行為は、当然他者や外部空間への干渉を伴います。社会や他者との協調が求められ、公平を期すために法的な枠組みで管理されることになっている。直接の当時対象と利害調整がつく状況にあれば何も問題は起こらない。エゴを満たすという前提に立てば、障害の元となる運転スキルの不足の解消は身につけて当然の条件であり、できないのであれば乗らない(乗れない)という選択肢はあって不思議ではない。

テクノロジーで不足を補うという考え方は、一面社会正義の側面から肯定されるところもあるけれど、クルマはそもそもがエゴに根ざし、欲望を満たすためのツールであるという認識に立てばかなり危うい。リスクはないものと錯覚させる技術体系は、人為的ミスはないという安心感とともにエゴを無限に拡大しかねない。技術万能の安全神話に陥る愚は、数十億人の多様性を理解するイマジネーションの不足に起因していることを忘れてはならないだろう。

従来通りの高速性能に優れること=高性能であり、価値が高いという論理に留まるかぎり事態は好転しないし、新しい世代の共感も得ることはできないのではないか。アートの世界では300㎞/hオーバーのスピードは価値となり得るが、現実世界で問われているのは人(ドライバー)道(走行環境)車(のテクノロジー)とのバランスとして存在する走り。

世界的に見ても現実的ではない100mph(160㎞/h)以上のスピードやそれを可能にするパワーでクルマの価値を計るいっぽうで、燃費やCO2排出量を下げろ、やれハイブリッドだEVだと言い募る。その奇形ともいえる状況を疑問視しないメディアを含むサプライ側と、何か変だということに気づいて『クルマは要らない』と言い切る新世代。その溝は、ことによると埋めがたいものになっているのかもしれない。

ひょっとして……と気になっているのは、日経ビジネスon lineの企画に登場する慶大生は渡航の経験がなく、肌で海外を経験していないのでは?ということ。日本の大都市でしか生活経験がなく、国内外の状況を知ることなく、また海外で生きるイマジネーションを持たない人に想像力を掻き立てよといっても無理がある。自動車メーカーは日本国内の市場縮小に合わせて相対的に国外生産は増やし国内は維持がやっと。場合によっては大幅なリストラも余儀なくされることが現実的になろうとしている。

一度衰退した産業が再生することの難しさを考えれば、小さいとは言ってもいまだ世界第三位の市場規模を誇る日本の自動車販売。味気ない機能やユーティリティの比較評価で優劣を競うのではなく、心の豊かさにつながるデザインに価値を見出す。これはほとんどの日本の都市や町並みに見られる土地の゛個性がまるで感じられないプレハブな佇まいにも共通することだと思うが、明治以降の近代日本はこれだけ豊かな自然環境を有する国土に似つかわしくない何とも貧しい街並みばかり。

観光地として現代に存在を留める武家屋敷や京の町家や民家園でしか見られなくなった茅葺き屋根の集落のような、自然の風景になじむ景観は稀になっている。海外市場を軸足にしているクルマはそうでもないが、ミニバンや軽などの国内専用モデルのデザイン感覚は日本の家並みと相通じるものがある。

どうせならセンスよく、格好よく、見る人も気分よく……出る釘を叩いたり、空気を読んで意見を吐かなかったり、嫉妬の心を抑えきれずに陰で悪口言ったりの衝動をぐっと押さえて、多くが納得できるかっこいいを自らの手で掴み取りたいもの。思いついた時にいつでもふらっと旅立てる。その自由な感覚を味わったら、かなりのマイナスを犠牲にしてでもポジションをキープしたいと思うはず。

訳の分からない衝動を無闇に奨励することは憚られるが、多少なりとも跳ねっ返りがいてくれたほうがバランス的にも好ましい。環境問題が声高に叫ばれるようになったが、石油資源のピークアウトと新興諸国の市場活性化によるエネルギー需給の逼迫は、これまでの豊かさの前提となっていた条件を大きく揺るがすのは明らかだ。

そこに30年来のコンパクトFRでスタイリング、パッケージング、ハンドリングの鼎立によるエゴイスティックなプロダクトとしてのクルマのあり方を結びつけようとするとまた非難轟々となるのだろうが、対案があるのなら是非聞かせてほしい。今まで通りでは立ち行かないことは分かっている。

クルマなんか要らないという子供には興味はない。そう言う人に乗ってもらおうなんていうお節介をする気もさらさらない。クルマが衰退産業であるということを認めるというなら、じたばたしても始まらないだろう。クルマは多くの問題を孕みながら、それでも圧倒的に面白い。未知の土地を一人で行動することを余儀なくされることになった時に、その意味が分かる。すでに知っているところでしか生きたことのない人に、言ってもはじまらない。自由に動けることの意味は深く重いのです。

2012年4月18日水曜日

狂っている


新東名を走る機会を得た。開通前に取材する案内は届いていた。しかし、それはバス移動によってサービスエリア・パーキングエリアの商業施設の内覧と本線走行、料金所通過を経験するという、いかにも役人発想の無難と無責任を絵に描いたような内容。施設を見物するという発想自体が、自らが運転して移動する空間という道路の本質を欠いた、殿様商売であることに気がついていない。

出来上がった道路の上屋を運用し、そこでビジネスを展開する民間の株式会社になったということで、その施設内で何をしようと勝手だが、有料道路という構造上施設敷地内を排他的に独占できることをいいことに、ショッピングモールやアミューズメントパークのような集客目的の巨大設備を建設し、収益を上げることに邁進する。

曲がりなりにも世界の高速道路を自走する経験を持つが、高速道路本線上の付帯設備であるパーキング・サービスエリア(PA.SA)にこれほど大がかりな商業施設を備える国を知らない。

そもそも、PA.SAは、長距離、長時間にわたって高速道路を通行する際に必要となるクルマの燃料補給や整備、ドライバー/乗員の生理的欲求を満たすためのもの。そのクォリティは最大限追求されていいが、しかしそこに人が訪れる集客目的の施設を作る意味は何なのか。

日本の高速道路は、有料であることを前提に設計されているので、無料が原則の一般道路とは有機的に結びつけられていない。インターチェンジは整備新幹線や在来線特急のようにスピードと時間に対価が払われるように一定の距離で間引かれ、世界屈指の高額通行料を収受するための料金所は無闇に巨大化され豪華になっている。

ETC(自動料金収受システム)は、財政上の理由から世界的な趨勢とされている有料化の切り札として注目され、世界中で開発競争が繰り広げられた。2000年11月につくば市で開催されたスマートクルーズ21-DEMO2000が、日本人がETCを知る最初のきっかけだった。そこで初めて耳にしたITS(高度道路交通システム)とともに、将来世界的に数兆円規模の巨大市場が生まれる……情報情勢に詳しいトップメーカー広報マンの力説に従い、以後注目して取材することにしたのだが、その後12年の進展はまったくお話にならない。

まずETCは、高い通行料を前提にそれに見合う体裁を整える都合から無闇に豪華なETCゲートが各料金所に設置されている。こんなことに馬鹿げたコストを払う国はない。コスト削減がIT技術の最大メリット。路車間通信でピッとやれば終いであるはずなのだ。

路車間、車車間通信をシステム化し、将来的には事故のない自動運転を目指す。ITSをぶち上げた霞ヶ関官僚は懲りることなく既定方針に執着しているが、すでに勝負はついている。ITを中心とするハードウェア技術とそれを組み合わせたシステムということでは世界最先端のものがあるかもしれないが、べらぼうな通行料を前提にした有料高速道路網を背景にした仕組みを受け入れようとする国はどこにもない。

ITSが世に知らしめられたスマートクルーズ21-DEMO2000というイベント自体が、硬直した国家行政官僚機構の時代不適合、制度疲労を象徴するものだった。歴史的なイベントが行われたミレニアムの2000年は、21世紀の幕開けとともに行われることになった中央省庁再編の前年。デモ2000は、それまでの縄張りを明らかにするのが目的としか思えない不思議なものだった。

国土交通省として再編される前の建設省と運輸省が、筑波学園都市内にあるそれぞれの施設で個別にデモンストレーションを展開。その模様は縦割りを絵に描いたような互いに我関せずの省益優先。合併後の綱引きを前提にしたようなそれは不思議な光景だった。

ITSには当時の建設、運輸、通産、郵政に警察、環境を加えた各省庁が参画。それぞれが省益を視野に綱引きをするという縦割り行政の縮図は再編後も根深く残っている印象がある。そうこうしながら内輪でごそごそやっている内に、世界は一気に日本を置き去りにしてグローバル化に突き進んでしまった。残ったのは、官僚の天下り先としての民間道路会社であり、その数少ない利権の温床としてのPA.SAということになるのだろう。

その結果としてのガラパゴス。閉鎖空間ともいえる有料高速道路の施設内に、モビリティインフラとしての道路機能とは直接関係のない商業施設を設け、そこへの集客のためにキャンペーンを張る。ビジネスとしてはありだろうが、そもそもそれが道路会社の目的だろうか?

メディアの関わりも不思議だ。民放や新聞雑誌にとって貴重な広告主ということもあるのだろうが、こぞってNEOPASAと名付けられたショッピングモール状のサービスエリアを紹介した。情報番組やバラエティだけでなくニュース報道としても。

その宣伝効果は抜群で、4月14日の開通以来、各サービスエリア入り口では長時間にわたって流入渋滞が発生。そりゃそうだ。本来想定してはならない交通の流れに長時間滞在を前提とする飲み食い買い物の店を作っている。それが郊外のショッピングモールなら分かるが、道路と一体になったパーキングスペースに、である。

本来目的にはならないスペースに人心を誘導する。道路会社も道路会社なら、メディアもメディアだろう。それがいかに狂ったことかという疑いもなく渋滞の模様を放置している。繁盛ぶりを自慢していると思われても仕方がないだろう。なぜ、これはおかしいという意見が出てこないのだろう。

狂っているといえば、道路そのもののあり方もおかしいのだ。供用されることになった新東名総延長162㎞は、片側3車線、設計速度120㎞/hという高規格で作られ、平均勾配率は2%(旧東名は5%)。平坦でカーブの曲率も大きく真っ直ぐ開けた視界とともにとても走りやすい仕上がりとなっている。

これは同じ規格で作られた新名神についてもいえることだが、走った印象はドイツ・アウトバーンの最新路線と比べても一歩も引けをとらない。この道路が計画続行か凍結かで揺れた日本道路公団民営化論議の中でコスト削減論が優勢となり、2車線供用となってしまったが、用地確保やトンネル、橋梁等構造物の6車線分は確保されているという。

せっかく3車線で設計施工されたのに、妙な法的取り決めで不十分な運用となった。この臨機応変を欠く柔軟性のなさは、非効率よりも役人の面子が優先されるという点で日本の道路行政のネックと言わざるを得ない。

道路の規格としては140㎞/h走行を念頭に設計速度が検討されたというが、国内法規に140㎞/hの規格がなく、法律上の設計速度は道路構造令の第一種第一級120㎞/hとなっている。ただし、最高速度は道路交通法で定められている100㎞/hに留まる。


海から離れた山間部を走るが起伏は少なく平坦。出来立ての路面はフラットで、これまで経験したどの道路より乗り心地の良さを実感する。

今回は、LEXUSのニューモデルGS450hとフェイスリフトを受けたRXシリーズ(ハイブリッド含む)の試乗会の枠内という制約から、御殿場ICから新富士ICまでの区間しか試せていないが、ハイブリッドモデルを選んでの両車の試乗インプレッションを端的に延べれば、道路の性能の高さによっていよいよ現在のクルマ(日本車に限らず)の実力とその能力を消費することを拒む道路交通法の矛盾が際立った。

法定速度の権限を握る警察庁・公安委員会は100㎞/hの法定最高速度引き上げに応じる気はないようだ。世界一の技術力で生まれたクルマの価値を否定するかのような、旧態依然とした法規に留めようとする理由は何か? 自らの無謬性に執着して、国全体の活力を奪ってもなお権限を行使しようとする根拠は何か? 狂っている。こっちの目から見ると、そうとしか思えない。

世界中で繰り広げられている競争に勝つべく機能性納品質を高めた結果としてのクルマの価値を、半ば否定するような法体系。本来のサービスを追求するのではなく、ドライバーとクルマをひたすら儲けの対象としか考えない天下りの道路会社。それに媚を得るメディアとその影響で踊らされる庶民(?)。

たまたま開通直後の試乗会が当地であって(当然それを狙った主催者の企画だろうが)、そのコース設定に含まれたルートを見て来たまで。ニュースなどで前日の開通に殺到した光景を見て、PA.SAが観光地? こんなピンボケの日本人で大丈夫か!? 心底心配になった。

実を言うと、しばらくたって落ち着いてから新東名を走ってみようと考えていた。今回の試乗会の意図を察したのは動き出してから。午後一の時間帯でも駿河湾沼津SAの上下線はともに流入渋滞を起こしていた。わざわざ観光バスで訪れるツアーもあって大盛況? こんな狂った高速道路ほかのどの国にもありゃしない。

世界一高い通行料を払って、わざわざ混雑必死のロケーションに先を争うようにやって来る。その異常さを誰も指摘することがない。本質を考えることなく、メディアが流す情報に何も考えずに乗り、皆がやっているという理由だけで、正当化してしまう。

さすがに試乗時間帯の午後早い段階では渋滞の列を呆れながら眺めただけ。そんなものに並んで付き合うことは考えもしなかった。流入渋滞が見られなくなった夕刻近くに、Knowing is seeingということで覗いたら、平日の月曜というのに溢れんばかりの人また人である。観光バスもどっさり。

周辺地域の消費構造にゆがみを生じさせ、旧東名のPA.SAは閑古鳥が啼いたという。ここに書くことすらも宣伝の一翼を担うことになりそうだが、一事が万事の例えとなるようなこの狂った状況。書かずにはいられなかったというのが正直なところではある。



2週間後の黄金週間の混乱が目に浮かぶ。道路はもっと使い勝手の良い社会インフラであればそれでいい。

どうして、そうならないのか。深く考える必要があると思う。

2012年4月15日日曜日

トヨタ86とスバルBRZの読み解き方 その②


時間軸で近いところから次第に過去に遡って行く。倒叙法という文章スタイルがあると何かで読んだことがあるが、ドライバーのトヨタ86開発陣に訊く連載はスケジュールやら相手方の都合やらで、こちらの思いとは違う展開で取材が進んだ。

愚痴っているわけではなく、変則的だったからこそインタビューする側にいい意味での緊張感が生まれ、聞き手としても刺激が多く面白かった。まず最初に富士スピードウェイでN1仕様のテストをしているから、というスケジュールに合わせて商品企画と開発テストドライバーの話を聞いた。

その模様を転載するのは少し後回しにして、昨日のエンジン編と同じ日に愛知県豊田市の本社を訪ねて聞いたトランスミッション(T/M)開発者の回をご覧に入れる。普通エンジンが先でT/Mはそれを受けて…ということになるのだが、今回は何故か逆。それはそれで面白かったので、お楽しみ頂きたい。

T O Y O T A 86誕 生 秘 話  (driver2012年4月号)


前回は製品企画の立場からトヨタ86とは何か? にアプローチし、現代のトップガンとともにFRの走りという大命題に迫った。第二回は、21世紀に身近なFRスポーツを再生させる決定的な要素となったドライブトレイン、なかでも黒子とみなされがちなトランスミッションにスポットライトを当てることにする。

※     ※      ※      ※       ※       ※

ところは富士スピードウェイから愛知県豊田市トヨタ町一番地のトヨタ本社事務本館。約束の時間に赴くと現れたのは3名! いずれも第2技術開発本部所属で、石川友啓さんと伊藤光春さんがMTの第1ドライブトレーン技術部、高波陽二さんがATの第2ドライブトレーン技術部であるという。MTから2名というところに、86のスタンスというかコンセプトが垣間見れる。専門分野が細分化され、それぞれにエキスパートが存在する。日本の自動車産業の強みだが、いっぽうで縦割りの弊害もありそうだ。

それはともかく、トランスミッション(T/M)は取っ掛かりが難しい。最初にエンジンの話を聞いて、それを受ける形でT/Mかな? 描いていた想定は端緒から崩れた。

86は、単なる寄せ集め?


T/Mは受け身。内燃機の場合、変速と減速は必然だからエンジンを活かす存在として重要だが、T/Mから主体的に発想するってことはあるのだろうか? 苦し紛れに、まずそこから切り出してみた。

「ギヤリングをこうしたい、エンジンのトルク特性をこんな風にできないか、というやりとりはあります。MTはエンジンの美味しいところをどうやってギヤリングするか、シフト時にどう加速するか。エンジンをいかに動かすかについてはエンジン部門と密にやってます」

まずは実験解析室の石川グループ長が応えた。 それはECU(エンジンコントロールユニット)の話なのか、ギアのステップのことを言っているのだろうか。確認すると、ギア比そのもののことだという。エンジン特性でいうと、駆動力を人が運転して楽しいと感じられるようにする……といった。そこには方程式みたいなものがあるのだろうか?

「目安はありますが、要は人がどう感じるか。それに適合していくものだと思います。いわゆる過渡特性、ギヤを繋いでここからここまでどう加速して行くか。計算で出にくい部分でもありますし……」伊藤さんが引き取ってフォローする。

率直に言って、僕はT/Mのどこから切り込んだらいいか決めかねていた。かつて連載『ナノカセカンド時代の匠たち』でパーツからクルマ全体に迫ろうとしたこともあるが、今回は86という古くて新しいコンセプトのスポーツカー開発の中で、エンジンとT/Mがいかに存在感を得るに至ったか。そのプロセスにスポットを当てようとしている。

かつてT/Mは自動車メーカーの内製が基本だった。それが現在では専門のサプライヤーに任せる構造へと変化しつつあるようだ。でも設計はメーカーが主体的にやる? どうなっているのだろう。

「今回の86に関しては、設計は富士重さんからアイシンAIさんへの発注という形です。我々は出来上がったモノに対して、こうしたほうがいいのでは? といったアドバイスをする。こういう経験を初めてしたのが1991年のスープラ。トヨタのユニットとしてゲトラグ(ドイツのT/Mメーカー)と手を結んだのですが、すでにサプライヤーとして確立したブランドなので構成部品の詳細は出してもらえない。そんな状況でこういうフィーリングにしたい、なんていうやりとりをした。それと同じようなことが、1年間86に携わることで再現された。図面を見て実際の落としどころまでは決められないんですが、そこで富士重さんとかアイシンAIさんにアドバイスという形で……」

伊藤さんが話終わる前に、事情が呑み込めない苛立ちもあって尋ねた。いや、まったく分からない。だってクルマを企画して設計する。その際のユニット、パワートレインとかは単なる寄せ集めということになる?

「これはいい質問ですね」とここで割って入ったのが多田哲哉チーフエンジニア(CE)である。

86で見るクルマ造りの変化


今月の日経ビジネスご覧になりました? 唐突な質問に編集担当と顔を見合わせていると、トヨタ特集に『自前主義からの脱却』という項があって、86をテーマにした記事が書かれた。そこには最近のトヨタから発せられる様々なメッセージが紹介されたという。

「エンジンの自前は当然。基幹部品をいかに社内で育てていくか、それが勝負どころと考える時代がずう~っと続いていました。でも、時代は大きく変わっているんですね。世界的にみるとサプライヤーのレベルはもの凄く上っている。自前にこだわって内部でうだうだやっていたら、それこそアッセンブリーとして面白いクルマが出てこない。もう何年も前からそうなっていて、クルマの商品企画も方向転換しているんです」

86は、そうした流れの中で最初の企画になった。その経緯を話したら面白いということで、前述の特集記事が出来上がったというのである。

「脱自前主義をやろうとすると、深くデータを知り合わないと難しいことが出てくる。互いに乗り越えるためには、当然コミュニケーションが欠かせない。その一環としてスバルと一緒にスポーツカーを作るという前代未聞のプロジェクトを始めた。それが86の真相でもあるんです」

何だって? 86はトヨタのクルマ作り大改革のパイロットモデルだというのである。思いも寄らない展開に、ちょっと頭が混乱した。

「エンジンもそうですが、T/Mはもっと状況は難しい。トヨタが蓄積した基本的な技術を背景に生まれたサプライヤーとしてのアイシンAI(MT)、アイシンAW(AT)があり、今ではそこにスバルを担当する部署もある。三者をコントロールしながらモノ作りをしなければならなくて、正直面倒臭いというか、自前でやったほうがよっぽど簡単です。なかなかデリケートな話なので、ここは乗り越えながら作った背景を上手に抽出していただかないと……」

僕自身、大枠の認識としてこう捉えている。すでに欧州(とくにドイツ)ではサプライヤーが非常に力をつけていて、ほとんどの自動車メーカーで自社開発の比率が下がっている。国産各社はそれを追う途上にあると聞いた覚えもある。しかし現実はもっと深刻で、日本は先進国としては異様に内製率が高く、実はそれが明らかに足を引っ張っている……多田CEは断言するのだった。

「我々商品企画の立場から見ると、時代は間違いなく脱自前になった。その典型がスマートフォンですね。こんなモノが作りたいという着想がすべてで、問われるのは、世界中で最適の部品はどれ?とか一番早く作れるのはどこ? それがアッセンブリー商品の現実です。iPhoneが台湾製だとか言う人は一人もいないし、それで商品性が下がったりするわけでもない。時代は完全にそっちなんですが、日本は自前だなんだと言い過ぎて商品力が……」

落ちてきている。なるほどたしかにそうだ。実際、僕も心臓部のエンジンは自前じゃないと個性が揺らぐと考え、86のスバル・フラット4採用には疑義を抱いていた一人だ。

正直言ってトヨタ内部でも意識が変わり切っていない。だから、豊田章男社長は”BMWからディーゼルエンジンを買う”ことを電光石火で決めた。あれは社内向けのメッセージでもあったのだと、多田CEは解説する。

ここまで話を聞いて3つ閃いた。まず必要なのは『言葉』だということ。自動車メーカー、サプライヤー、そしてその各部署……これまで同じ日本語だけど意味や解釈が異なった言葉使いを、相互に理解できるようにすり合わせる。『オリジナル』はどう使うかが重要で、自前かどうかはどうでもいい。

そしてなによりも必要なのが『コミュニケーション』だ。スティーブ・ジョブスの優秀さは、エンジニアとしてではなく、何をどう持ってきてアレンジするという、コミュニケーション能力の高さと着想力によって光り輝いた。

「まさにクルマもそういう時代に入った。環境技術は別ですが、極端に進んだメーカーやサプライヤーがあるわけではなく、基本技術には差もない。どこにどんな技術があるか、何を組み合わせると面白いモノになるか。完全にコミュニケーション能力の勝負ですが、そこで日本は一歩遅れを取っているということです」

結局、オールニューとなった


なにやら話が巨大になってきた。話をシンプルかつクリアにするために、『オリジナル』を確認しよう。MTもATもベースがあると聞いている。MTはアルテッツァのアイシンAI製6速のアレンジでしょう?

「当初の企画段階ではそれを使おうと。それで進められたんですが、やっていく内にこれじゃいかん…となった。変えないと良いクルマにできないという我々の提案も含めて理解いただいた。なのでアルテッツァのモノが残っているかというと……」と伊藤さんの歯切れはもうひとつ。「いわゆる骨格部分は同じですが、ほとんど丸新です。8割がた部品は新しくなっています」石川さんがすかさずフォローした。

それならベースはアルテッツァ用とか言わないほうがいい。さらに突っ込みむと、多田CEが即応した。

「それは我々商品企画の問題です。今回のクルマ、最終的にプラットフォームはFR専用を造ると決めた。エンジンは既存のフラット4をそのまま使うと。でも、どうやっても性能が出ない。そこでスバルとトヨタのエンジニアが集まりオールニューエンジンを作った。アルテッツァ用T/Mについては『う~ん』という感もありましたが、ミッションまでオールニューなんて、当初は考えもしなかった。ところが、直して使ってみたらこれが全然駄目。”なんとかしてよ……”ということで、こうなった。新設計と言っても構わないんですが、トヨタは真面目なので。オリジナルが何かと問われれば、アルテッツァ用を変えたと答える。そういうことです」

既存のコンポーネントを調達してアレンジしたという物言いがそもそもの誤解の元になっていた。話が全面的に覆ったような気分を味わいながら、高波さん、ATのベースは何ですか? 話を切り換えてみた。「縦置き6速は2.5~3ℓに対応するマークX用があります。その制御はトヨタで開発して、スポーツシフトをアドオンして……」

 当初の企画段階では上手く調達して、ポンと作っちゃおう、と?

トヨタに限らず、そう言わないとクルマとして前に進まない。新しくして性能出なかったら原価の面倒は見ないぞと経営陣に言われるだけ、と多田CEはすかさず反応した。

それは分かるが、要するにMTはアイシンAIのアルテッツァ用J160がオリジナルで、それを使うことを前提にスバルの開発陣に提案した。その設計の段階でトヨタは何をやったということになるのだろう?

「シフトレバーだけを少し短くして、シャフト、ギヤ、ベアリング関係は流用して味付けできないか。まずそこから始まったんですが、操作感、フィーリング面でこのクルマに合わない。走りの味付けのスペシャリスト大阪(前回登場)や多田CEがテストして言うわけです」

伊藤さんの述懐に、でもその際に何を『良し』とするか評価軸をあらかじめ言葉で決めておかないと、どっちにでも行っちゃう。そう質すと多田CEは「もちろん決めました」目標には簡単に到達したが、乗ると駄目。少しずつ改良して行ったら85%ぐらい変わってしまったという。 ATの構成部品はマークXとまったく一緒なんですね?

「油圧をどう流すとか、電子制御に関わるチューニングスペック以外は基本的に型式名A960のスーパーインテリジェント6ECTですね」

当初の企画段階でMT、AT両方ないと成立しないという考え方はあったのだろうか?

「MTだけにしようと思ってました。しかしアメリカである程度売れないと商品企画にならない。正直しょうがないと思い、他部署にDSGの可能性を相談に行ったら『こんなクルマのために作れません』」多田CEはあっけらかんと言う。

高波さんの部署では当然比較検討はするんでしょうけど、今のところトヨタにはトルコンATとCVTしかない。2クラッチのDCT、本当はやりたかったのでは?

「素性から考えればまったく問題がない。スムーズさと応答性、コンパクトさと重量、トータルパフォーマンスではATのほうがいいんです」。

一瞬ただの強がりに聞こえたが、いやいや間違いなくDCTを超えたと思ってますから、と多田CEも真顔で同調した。86用ATでもっとも意識したのは重量で、トルコンATはDCTより軽いというのである。

これはメディアの問題でもあるのだが、今までなかったモノ、新しい技術を従来より良いと括る癖がある。欧州メーカーからDCTが出てきた背景には、MTが主流で少数派のトルコンより部品共用が可能な2クラッチのほうが開発、普及しやすいという側面もある。これはFRと他の駆動レイアウトにも関連づけられる視点だろう。

86で、AT限定免許撤廃!?


免許制度と併せて、ここは重要な視点かもしれない。多田CEは、MTを基本に86のコンセプトを考えたというが、時間と費用の両面でATにインセンティブを与えたら、そりゃATに流れる。トヨタは『免許を取ろう!』というキャンペーンを張っているけれど、AT免許取られたら86的には台無しだ。

「実は、免許の違いを廃止しようという活動も同時にやっているんですよ。昔みたいに両方乗れるようにしようと。あれは奥田(碩=ひろし現トヨタ相談役)が社長の時に、どうせATしか乗らないんだからATとMTを分けて簡単にとれる制度を作れと頑張った。これは公になっている話ですね。単に元に戻すというのでは具合が悪いので、新しいクルマ(86)を入れてMT免許のハードルを下げようとしているんです」

AT限定免許が生まれた経緯はそういうことだったのか。ちょっとしたスクープ話だと色めき立ったが、元に戻すのもまたトヨタの使命ということだろう。

余談ながら、僕は単なる懐古趣味やマニアックな視点からではなく、高齢化社会に立ち向かう上での身体論的な立場からもMTへの回帰を提案すべきだと考えている。2ペダルによるイージードライブより、機能的に使える身体(からだ)を活用するファンtoドライブのほうが、資源・環境・安全はもちろん、高齢者のクォリティ・オブ・ライフの視点からも有効だと常々思っている。

そこで、余談ついでに多田CEに人間の能力を引き出す技術開発というのがある。スポーツカーは一番分かりやすい例になるはずだが、たとえばATの自動変速のような感覚で嫌でもシフトしたくなっちゃうMTとか、まだまだ技術開発の余地は残されている。そんな話を振ると……

「任天堂DSの人気アプリとして有名な『脳トレ』がまさにそう。あれはスウェーデンのカロリンスカ大学で学んだ川島隆太さんの作ですが、トヨタにも同大を出て”運転したくなるってどういうことなんだろう”と2年くらい研究開発した男がいる。MTに乗ると明らかに脳が活性するし、老化防止にもなる。ぼ~っとしながら運転できるクルマなんて、交通安全上もっとも良くないんです」

シフトやクラッチワークで左半身を動かし、右脳を使うを使うことになる右ハンドルのMTなんかもっといい! ほとんど省みられない視点だが、これは僕のFR/MT論を補強する論点のひとつでもあるのだ。 その操作感でいうと、シフトレバーの長さ。MTもATもそんなに変えていない。あれの意味するところは何ですか?

「MTはもっと短くしたかったんですよ。最終的に決めるのはチーフエンジニアの権限です。企画段階でいろんな意見を聞いていて、最初はもっと短いやつを考えました。あえてそんなに簡単に入らないようなシフトにしてるんです。見栄みたいなもんでいうと、ですね」

数値やデータよりもフィーリングや官能性を重視したという86チーフエンジニアらしいコメントだ。

「マニュアルである以上、シフトポジションが分からないと不安になるということで、操作の重さとポジション感には非常にこだわってます。横バネやゴムなどによるヒシテリシスをつけながら。プロトタイプのMTに駄目出しがでて、もう1サイクル回させて下さいとお願いしたのが、10年の頭。試作で最終確認ができたのは同年の夏頃でしたね」とはMT技術室の伊藤グループ長である。

クラッチもかなり変わっているものなんだろうか?

MTの場合クラッチペダルとの関係はかなり綿密にやっている、とは多田CEの弁だが「技術的にはクラッチもギヤボックスの中身もそんなに変わりません。世界中には何十種類と同系同タイプのモノはありますが、クルマによって味があるようにそれぞれ違う。それらは数値化で語りきれないもので乗って乗り尽くして、いろんな意見を聞いて形にしていく」実験解析室の石川グループ長の説明はより現実的かつ実践的だ。

世界一の技術なんていらない


「昔の技術を捨てていかないと先に進めない。ともするとそういう話になりがちですが、技術の蓄積は膨大なんですよ。最適な組合せは何だとか、クルマのキャラクターに合わせていかにチューニングしていくかなんて、あまり派手さがない。今まで見たこともないクラッチ構造……なんていうほうが、記事にもしやすいじゃないですか。だから、こういうフィーリングになったのだとかね」

「クルマ作りの企画もそういう方向に行っちゃっていた感がある。この86のコンセプトは、バック・トゥー・ザ・ベーシックなんですよ。世界一の技術なんて一個もいらない。すべて昔に戻れ、と。ハイテク性能なんて要らない。そんな無駄な金遣うんだったら重心1㎜でも下げてみろ!と。そういう考え方はすべての部署に浸透していて、どうしても譲れないエンジンとかトランスミッションにはまさに最先端の技術を使う。カタログやスペックのための技術なんてクソ食らえだ、と」

脱自前主義の話もそうだが、多田CEの86というスポーツカー作りの哲学は一貫して本質の追求に向いている。

ハチロクのT/Mのここがいいぞというところを100字以内で述べよ(笑)と尋ねられたら……?

「簡単にいうと、乗っていてシフトしたくなる。これに尽きます。そのテーマに向かっていったのかな、という感じです」(石川)

ATの場合は? 同じ質問で。

「パドルシフトのブリッピング制御ですね。レーシングカーでも大体そうなっているのですが、普通のお客様でも味わえるフィーリングを作り込めたかな、と」(高波)

※     ※      ※      ※       ※       ※

86のステアリングを初めて手にしたのは昨年の秋。取材しませんか?含みある誘いに富士スピードウェイに足を運ぶと、本コースを2時間自由に走っていいという望外の提案。ひょっとして……淡い期待を抱いてヘルメットとスーツ一式をバッグに詰めて持参したら、文字通り棚からボタ餅がドンと落ちてきた。

前代未聞の境遇に胸は高鳴った。テスト車両とのコミュニケーションに全身全霊を傾けよう。心に誓ったのは当然だろう。シートに収まり、小径ステアリングホイールの感触を念入りに確かめ、ドライビングインターフェイスとの折り合いを得たところで、歩くようなリズムで富士のグランプリコースに繰り出した。

まず何よりも掴み取ろうとしたのが、全体から醸し出される雰囲気。身体のすべて、五感を介してもたらされるファーストインプレッションの塊だ。ステアリング、シフト、ABCペダル……身体がクルマと直接情報交換を行う操作系の出来ばえはどうか。あの時身体に刻まれた無形の思いがこの短期集中連載として実を結んだわけである。

次回は、いよいよエンジンに迫まることになる。

順序は逆でもけっこう読めるでしょう? 初回のインタビューは全編「〇×▲……」の鍵カッコ仕立てなので、ちょっと転載は難しいかも。ご要望があれば貼ります。