まだ、エネルギーは十分残っている。落ち込んだ気分が見通しを暗くしているが、深刻に事態を悲観する時は過ぎ"なるようにしかならない"という境地に辿り着きつつある。年齢は62歳と8ヶ月。自分でもそんな歳になるなんて思いも寄らなかったところに、何のことはなくへらへらと佇んでいる感じ。あちこちガタが来て、耄碌が進んだ実感は否定できないが、気持ちとしては余り変わったような気がしない。
もう少しジタバタしてみよう。先のことは分からない。計画立てて堅実に慎重に……でやって来れば苦労はなかったかもしれないが、こうなったのも自分ならではだろう。反省はしない、というよりできない。ひたすら後悔しながら、あたふたと一日一日を乗り越えて行くばかりだ。この期に及んで、すべてを白紙に戻してやり直しでは、これまでの自分が行き場を失う。
大事なことさえ置き去りにしてきた自分を俺は恨まないけれど♪、永ちゃんが『もうひとりの俺』で歌うフレーズが今のお気に入りだ。男は敷居を跨げば7人の敵ありという。人が良すぎるというか、世事に疎いというか、長くgoing my wayでやって来たので気にも留めなかったが、気がついたら味方はほとんどいなくなっていた。
基本的に徒党を組んだりつるんだりするのが苦手。無理して人に合わせるくらいなら、一匹狼のほうが性に合う。50になるまではそれで問題はなかった。もともとが文才があってこの仕事についたわけではないので、山あり谷ありのジェットコースターの波瀾万丈だったが、運の良さでなんとかかんとかやってこれた。
しかし、年上より年下が多数派となる年代になると取り扱いが難しくなるようだ。こちらは相変わらずの気軽さで特段身構えているわけではないのに、キャリアが存在感を重くして取っつきにくくなるらしい。意見は人それぞれで異なってあたりまえ。基本的な考え方から持論を曲げず、言いたいことを言う。その態度が問題だったと気がついたのは最近のことである。
何処かで利いた風なことを自分の意見の如く吐き、皆と同じ意見であることで安心する。多数派に属することが処世であり、尖った持論などもってのほか。自動車メディアで文筆を振るう者がどれくらいいるのか見当もつかないか、破天荒に際立った面白い論を吐く者のいかに少ないことか。
ひとつの意見で事足りるなら、そんなに多くの人材など不要だろう。人の数だけある意見を持ち寄って丁々発止とやり合う中から生まれるのが勢いのあるジャーナリズムであり、多くの人々が求めるエンターテイメントの醍醐味だろう。自動車メーカーが発するプレスリリースに沿った考え方を上から下に流すだけの発表報道は、批評や評価を生業とする情報発信者の仕事ではなく、それは単なる広報活動の下請けだ。
クルマはまだまだ面白い。このところ筆力が鈍り、このブログ『DRIVING JOURNAL』も長期にわたって開店休業が続いてしまった。carviewのスペシャルblogも滞りがちだが、こちらはもう少し複雑な事情があって、同じ場所に名を連ねている屑のような同業の、あられもない企業べったりの卑しい
態度に辟易としているから。まあ、やられっ放しでは面白くないので、少しは反撃態勢に入った方がいい。そんなこんなの再起である。
落ちるところまで落ちたどん底から這い上がる。体力的には厳しいし、メンタルも相当痛んでいるから調子が出るまでにはしばらく掛かりそうだが、旅を続ける気力とエネルギーには事足りぬことはない。今年2014年もデトロイトNAIASに始まって、ジュネーブ、 ニューヨークNYIAS/北京、パリ・モンディアル・ドゥ・ロトモビル、LAautoshowと6つの国際モーターショーをカバーした。
ネタに事欠かないのに、書く気力が萎えていた。甘えていた? 結果的にはそういうことになるが、様々な重圧に身動きがとれなくなっていたというのが正直なところだ。さすがに後がなくなると開き直らざるを得ない。
FACEBOOKやtwitterでは何とか発信を繋いできたが、本家ブログを中心に有料メルマガやyoutubeを含むSNSとの連動からフリーランスライターとしてのサバイバルを模索する。
数年前に決めた方針が勢いを失ったのは……もういい、過ぎたことだ。前を向いて進めるところまで行くばかりである。
ということで、最近の気になった、気に入った写真を3点貼ります。
まずはdriver11月20日号に掲載されたトヨタFCV『ミライ』のリポートで見開きで大きく使われたこの写真から。黒のMIRAIと僕。178㎝の身長との対比で分かる意外な背の高さ。
そうと感じさせないデザイン部門のトリックアートのセンスを活かしたスタイリング。走りの個性、完成度と合わせて非常に今後が楽しみなクルマ。余裕があれば即購入したい一台です。
LAautoshowでworld premiereされたマツダCX-3。デミオ(マツダ2)のデリバティブ=派生系で、当初から企画されていたモデルということですが、開発着手はCX-5の成功が確認できた2年前。
デザインは、グローバルな展開をみせるマツダ2=デミオと違って100%広島本社が担当。デミオより約100kg重量増となることから、エンジンはガソリンが2ℓとデミオでも好評な1.5ℓディーゼルの2本立て。日本市場向けはディーゼル専用と割り切った。
気持ちは分かるが、ここは2ℓのスカイアクティブ-Gもラインナップさせて、SKYACTIV TECHNOLOGY発表当初アピールしたダウンスピーディング(排気量を下げてターボでバランスをとるダウンサイジングに対して、トルクの充実による回転数抑制とドライブトレインの組み合わせで高効率を目指す)を世に知らしめる恰好の材料だったはずなのだが。
そしてNDロードスター。北米向けには2ℓ直4が与えられることが公式にアナウンスされたが、実は日本向け仕様については「まだひと言も言っていない」。「えっ?」という感じだが、山本修弘主査は頑なだった。写真は日本向けの右ハンドル。
2ℓの北米仕様のボンネット内は撮影が許されたが、こちらはNG。微妙な情報コントロールが却って混乱を招きかねない。オープンカーはオープンに。これでやってほしいもの。
それはともかく、この白に見えるボディカラー、実はセラミック系の灰色ということで正式名称は明らかにされなかったが、光線の具合によっては渋いグレーの表情を見せるとか。赤もいいけど、僕の一押しはこれです。
クルマの面白さを大上段に構えて熱く語ろう!! 移動の自由と『今』を生きる楽しさにこだわるのなら、クルマはFRでなければならない。 動遊倶楽部(driving fun club)は、FR絶対主義の立場から愛すべきクルマの未来に迫ります‥‥‥ 伏木悦郎
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2014年12月2日火曜日
2014年1月3日金曜日
何だ、そうゆうことだったのか!
腑に落ちた。どうあがいても、一向に浮上する気配すら感じられない。そんな思いで耐える日々。思い起こせば、20年前にも同じようなことがあった……そのことに気づかされたのは、家人にせっ突かれて訪れた秦野の出雲大社相模分祠で何気なく目に留まった看板を見て。
厄年? 実は昨年もこの分祠に詣でているのだが、件の看板は目に入らなかった。だから今回が初見という感想なのだが、そこに記された該当年齢の表(僕の昭和27年は今年は当然消えている)を目の当たりにしてしばし唸ってしまった。縁起を担ぐほうではないと思うが、経験的に厄年はあり得ると理解している。
男の大厄の際には初めて内蔵にメスを入れる外科手術を受けたし、ポストバブルの90年代前半はここ数年とよく似た困窮の時代を味わった。僕は、自分でも何故?と思うほど頑ななまでに持論を曲げることがない。時代に合わせて軽妙に立場を変えられる人を羨ましく思うこともあるが、たとえ彼が編集長であろうが大企業の役員であろうが、意見を曲げてまでお追従をする気にはなれない。
結果として不遇を得ることが分かっていても、なかなかあらためることができない。それが本ブログのタイトル『からだとクルマ』の枕に掲げられた”孤立を恐れず、孤高に陥らず”という、ふつうの人なら(そんなこと書かなきゃいいのに)と眉をひそめる思いの丈にも表れている、と思う。
可愛げのない性格だと我ながら思うが、簡単に変えられるようなら今の心境に至ることなどない。あまりど好かれない”偉そうな”キャラだと我ながら思わないでもないが、間違ったことをしているという実感は本人にはまるでない。それが俺の個性だと客観的に認めるほかはないようだ。
なんだかちょっとオカルトめいた話だが、僕は神秘主義者でもなければ占い好きでもない。ただ、一晩寝ただけの年明けの朝になんだか清々しい気分を感じ、元日、二日と例の恩田川ウォーキングでポンポンと俳句(のようなもの)が浮かんだりした。根拠のない自信がムクムクと湧き上る感じがして、何か良いなあ…と思っていたところへ、この看板である。
都合のいいことはそのまま真に受けて、今年はいいぞ!!と思い込むことにしようと言い聞かせる今日この頃なのだった。
まあ拙い句ですが、FACEBOOKに書いた昨日と今日の木悦(bokuetsu=ぼくえつと読むまあ雅号です)の俳句をば!
元日
あるきぞめ こころはかるく おんだがわ 歩き初め 心は軽く 恩田川
二日
はつはるに みずそらあおく おんだがわ 初春に 水宙蒼く 恩田川
厄年? 実は昨年もこの分祠に詣でているのだが、件の看板は目に入らなかった。だから今回が初見という感想なのだが、そこに記された該当年齢の表(僕の昭和27年は今年は当然消えている)を目の当たりにしてしばし唸ってしまった。縁起を担ぐほうではないと思うが、経験的に厄年はあり得ると理解している。
男の大厄の際には初めて内蔵にメスを入れる外科手術を受けたし、ポストバブルの90年代前半はここ数年とよく似た困窮の時代を味わった。僕は、自分でも何故?と思うほど頑ななまでに持論を曲げることがない。時代に合わせて軽妙に立場を変えられる人を羨ましく思うこともあるが、たとえ彼が編集長であろうが大企業の役員であろうが、意見を曲げてまでお追従をする気にはなれない。
結果として不遇を得ることが分かっていても、なかなかあらためることができない。それが本ブログのタイトル『からだとクルマ』の枕に掲げられた”孤立を恐れず、孤高に陥らず”という、ふつうの人なら(そんなこと書かなきゃいいのに)と眉をひそめる思いの丈にも表れている、と思う。
可愛げのない性格だと我ながら思うが、簡単に変えられるようなら今の心境に至ることなどない。あまりど好かれない”偉そうな”キャラだと我ながら思わないでもないが、間違ったことをしているという実感は本人にはまるでない。それが俺の個性だと客観的に認めるほかはないようだ。
なんだかちょっとオカルトめいた話だが、僕は神秘主義者でもなければ占い好きでもない。ただ、一晩寝ただけの年明けの朝になんだか清々しい気分を感じ、元日、二日と例の恩田川ウォーキングでポンポンと俳句(のようなもの)が浮かんだりした。根拠のない自信がムクムクと湧き上る感じがして、何か良いなあ…と思っていたところへ、この看板である。
都合のいいことはそのまま真に受けて、今年はいいぞ!!と思い込むことにしようと言い聞かせる今日この頃なのだった。
まあ拙い句ですが、FACEBOOKに書いた昨日と今日の木悦(bokuetsu=ぼくえつと読むまあ雅号です)の俳句をば!
元日
あるきぞめ こころはかるく おんだがわ 歩き初め 心は軽く 恩田川
二日
はつはるに みずそらあおく おんだがわ 初春に 水宙蒼く 恩田川
2013年1月13日日曜日
2013年、始動!!
年が明けて早13日ではありますが、なにはともあれ新年明けましておめでとうございます。
ただいまアメリカ西海岸時間1月12日21時46分(日本標準時は13日14時46分)。ロサンゼルス国際空港(LAX)のデルタ航空スカイクラブラウンジにおります。1月13日羽田国際空港(HND)0時30分定刻発のDELTA636便でLAXに降り立ったのが12日17時07分。日付変更線を越える太平洋航路東行きはジェット機以前では考えられなかった、時計の針が大きく逆戻りするタイムトラベルが楽しめる。
真夜中にHNDを発って前日の夕方に着く。今回の目的地はNAIAS(North American International Auto Show 北米国際自動車ショー)が行われるデトロイト。DTW(デトロイトメトロポリタン空港)へはこの後真っ直ぐに飛んで行くわけではなくて、MEM(メンフィス)で3時間21分のレイオーバーの後に13日13時30分に到着の予定となっている。
LAXでのレイオーバーは実に8時間余。まずはシャワーを浴びてから、ラウンジで飲み食いPCのキーボード叩きながら時間旅行についてあれこれ考えている。
今回のデトロイトNAIASは、ミレニアムの2000年から連続して14回の皆勤賞。継続は力かどうか判断いたしかねるが、ここまで来たら続ける以外に途はないだろう。
高度経済成長の絶頂期(1970年)に運転免許を取得し、交通戦争・排ガス公害、第一次オイルショック、日本版マスキー法、永遠の成長が信じられた1980年代の円高不況から一転してのバブル経済、バブル崩壊の混乱とポストバブルのホープレス社会、ITバブルとその崩壊、米国の金融工学がもたらした繁栄からリーマンショック・GM/クライスラーの倒産、中国の台頭に東日本大震災と超円高……。免許取得から43年、フリーランスライター専業となって35年、様々の紆余曲折に直面してきた。
この20年の沈む一方のデフレ不況の中で、常に変わらないといけないと言い続けてきた。具体的な行動が伴わない苛立ちを覚えつつ、我が道を貫こうとやってきた。まだ諦めるわけには行かない。少しでもいいから理想に近づく努力だけは惜しみたくない。この15年というもの、NAIASを見続けてきて浮沈という誰にでも訪れるだろう変化について学んだ。
ここ数年の中国の台頭は、明らかに世界の勢力図を大きく変えるインパクトのあるものだが、市場としての公平性、歴史の上に立つ社会的な安定感ということではアメリカに及ぶ国はない。クルマについて言えば断然そうだろう。
アメリカで販売されている北米市場専用の日本車の存在を、日本のメディアは知ろうとしない。年を追うごとに縮小傾向にある日本市場しか見ずに、海外と国内は別と必要以上に地元市場を特別視する。結果はガラパゴス状態として表面化しつつある。
メディアの遅れ、不見識がその最大の原因であることは疑いようもない。そのほうがメディアにとっても楽であり、必要以上に密接に結びついてしまった行政の側にも責任が及ばないように世の中を仕組むという意味でメリットがある。
メディアが権力とくっついてどうする?政府発表に象徴される発表報道で自らリスクを負わないことに慣れ、皆が揃って間違う方向に突き進む。その行動パターンは70年前の戦時体制とほとんど変わらない。そんなこといつまでも許していちゃ駄目だ。
とにかく変える。3年前の民主党政権樹立は多大なコストを払う結果になったが、それもやってみて分かった話。やらなかったら何も変わらず、もっとおかしなことになっていた可能性のほうが高い。
まだまだ細々と高い授業料を払う必要が出てきそうだが、せめて努力を惜しまない気概だけは保ち続けよう。
本ブログ伏木悦郎のDRIVING JOURNALは、まぐまぐ!のメルマガ『クルマの心』との連動を柱に個人による情報発信が可能な時代のコミュニケーションツールとして機能するよう日々改良を加えて行こうと思う。FACEBOOKやtwitter、youtubeなどとの連動も図りながら、フリーランスのジャーナリストが経済的に自立することで偏りのないメディアとなることを目的にする。
力及ばず…に終わるかもしれないが、とにかくやるだけやってみます。
まぐまぐ!メルマガ『クルマの心』でずっと前からそうしようとしていてできなかった画像や動画を絡めた展開。これを契機に始めたいと思います。
デトロイトショー取材スケジュールに入ると時間がなくなりそうですが、まあ帰りの空路とレイオーバーの時間でなんとかなるでしょう。
ただいまアメリカ西海岸時間1月12日21時46分(日本標準時は13日14時46分)。ロサンゼルス国際空港(LAX)のデルタ航空スカイクラブラウンジにおります。1月13日羽田国際空港(HND)0時30分定刻発のDELTA636便でLAXに降り立ったのが12日17時07分。日付変更線を越える太平洋航路東行きはジェット機以前では考えられなかった、時計の針が大きく逆戻りするタイムトラベルが楽しめる。
真夜中にHNDを発って前日の夕方に着く。今回の目的地はNAIAS(North American International Auto Show 北米国際自動車ショー)が行われるデトロイト。DTW(デトロイトメトロポリタン空港)へはこの後真っ直ぐに飛んで行くわけではなくて、MEM(メンフィス)で3時間21分のレイオーバーの後に13日13時30分に到着の予定となっている。
LAXでのレイオーバーは実に8時間余。まずはシャワーを浴びてから、ラウンジで飲み食いPCのキーボード叩きながら時間旅行についてあれこれ考えている。
今回のデトロイトNAIASは、ミレニアムの2000年から連続して14回の皆勤賞。継続は力かどうか判断いたしかねるが、ここまで来たら続ける以外に途はないだろう。
高度経済成長の絶頂期(1970年)に運転免許を取得し、交通戦争・排ガス公害、第一次オイルショック、日本版マスキー法、永遠の成長が信じられた1980年代の円高不況から一転してのバブル経済、バブル崩壊の混乱とポストバブルのホープレス社会、ITバブルとその崩壊、米国の金融工学がもたらした繁栄からリーマンショック・GM/クライスラーの倒産、中国の台頭に東日本大震災と超円高……。免許取得から43年、フリーランスライター専業となって35年、様々の紆余曲折に直面してきた。
この20年の沈む一方のデフレ不況の中で、常に変わらないといけないと言い続けてきた。具体的な行動が伴わない苛立ちを覚えつつ、我が道を貫こうとやってきた。まだ諦めるわけには行かない。少しでもいいから理想に近づく努力だけは惜しみたくない。この15年というもの、NAIASを見続けてきて浮沈という誰にでも訪れるだろう変化について学んだ。
ここ数年の中国の台頭は、明らかに世界の勢力図を大きく変えるインパクトのあるものだが、市場としての公平性、歴史の上に立つ社会的な安定感ということではアメリカに及ぶ国はない。クルマについて言えば断然そうだろう。
アメリカで販売されている北米市場専用の日本車の存在を、日本のメディアは知ろうとしない。年を追うごとに縮小傾向にある日本市場しか見ずに、海外と国内は別と必要以上に地元市場を特別視する。結果はガラパゴス状態として表面化しつつある。
メディアの遅れ、不見識がその最大の原因であることは疑いようもない。そのほうがメディアにとっても楽であり、必要以上に密接に結びついてしまった行政の側にも責任が及ばないように世の中を仕組むという意味でメリットがある。
メディアが権力とくっついてどうする?政府発表に象徴される発表報道で自らリスクを負わないことに慣れ、皆が揃って間違う方向に突き進む。その行動パターンは70年前の戦時体制とほとんど変わらない。そんなこといつまでも許していちゃ駄目だ。
とにかく変える。3年前の民主党政権樹立は多大なコストを払う結果になったが、それもやってみて分かった話。やらなかったら何も変わらず、もっとおかしなことになっていた可能性のほうが高い。
まだまだ細々と高い授業料を払う必要が出てきそうだが、せめて努力を惜しまない気概だけは保ち続けよう。
本ブログ伏木悦郎のDRIVING JOURNALは、まぐまぐ!のメルマガ『クルマの心』との連動を柱に個人による情報発信が可能な時代のコミュニケーションツールとして機能するよう日々改良を加えて行こうと思う。FACEBOOKやtwitter、youtubeなどとの連動も図りながら、フリーランスのジャーナリストが経済的に自立することで偏りのないメディアとなることを目的にする。
力及ばず…に終わるかもしれないが、とにかくやるだけやってみます。
まぐまぐ!メルマガ『クルマの心』でずっと前からそうしようとしていてできなかった画像や動画を絡めた展開。これを契機に始めたいと思います。
デトロイトショー取材スケジュールに入ると時間がなくなりそうですが、まあ帰りの空路とレイオーバーの時間でなんとかなるでしょう。
2012年10月16日火曜日
2012 Mondial de l'Automobile パリサロンにて
パリに行ってきた。といっても帰国してからもう10日以上過ぎている。リズムとバランスが悪く思うように行かない。時間が溶けるように過ぎて行く。。そういうこともある。それくらいの年季は重ねていると言い聞かせているが、ちょっと度が過ぎるるかもしれないという今日この頃だ。
LEXUS LF-CC
NISSAN TERRA FCEV
SUZUKI S-CROSS CONCEPT
TOYOTA 86 DRIVING SIMULATOR
次期メルセデスベンツSクラス イメージ動画
次期フェラーリ限定シリーズ用シャシー
今回の渡航は史上最悪の出立となった。前夜からPCのHDDから画像ファイルを抜いて、現地取材時に支障がないように万全を期そうとした。ついでに、i-Phone の画像もPCにとゴチャゴチャやっていると、i-Phoneが「はぁ?」状態に。
その後のドタバタは本人の名誉のために省力するが、最速ルートを辿って成田第二ターミナルのJALカウンターに着いたのはなんとフライトの45分前。国内線じゃありません。途中日暮里駅から到着予定時刻をJALに伝えてあったので、対応してもらえたが、痺れたなあ。
予約したフライトルートは、成田~北京~パリ・シャルルドゴールの往復。ヨーロッパの格安予約サイトで見つけた往復込み込み11万円台は、行程4分の3は中国南方( JAL共同運行)、中国東方(エールフランス同)、中国東方(同)のスカイチーム系、残りがチャイナエア(ANA同)でスターアライアンス系。どうしてこういう予約ができるのか分からないが、背に腹は変えられないということで。
とんでも…な旅立ちだったけれど、飛行機に乗ってしまえばこっちのもの。北京首都国際空港では約3時間の乗り継ぎ。ターミナル3から2への移動があるので、そこでi-Phoneのバックアップを完了すればいいか。思惑どおりスカイラウンジが使えwifiに繋いでなんとか使えることに。パリには夜明け頃に着き、やっぱりね……のアドベンチャーの日々が始まった。
まずは、プジョー本社で東京のプジョージャポンにお願いしてあったプジョー208をピックアップ。ラ・グランド・アルメ通り75番地ってどこ?タクシーで向かうと、ああっこのロケーション。凱旋門とポルト・マイヨールの間、土地勘のある所だった。
借用したのは、プジョー208 3ドアALLUREのHDI。1.4ℓの6速MTモデル。すでに日本でも発表済み(ガソリン仕様だが)で近々その試乗会も行われる。一足先に現地で乗る体験は興味深い。日本向けには予定のないディーゼルモデルの走りはいかに?
このセグメント(B)では値の張るディーゼルは絶対的な多数派とはいえないが、トレンドを知る上では手にしておきたい存在だろう。
PARIS EXPO PORT DE VERSAILLES
まぐまぐ!メルマガ『クルマの心』読者の皆さんへ。写真はまた後日ということで。
しばらくこのシリーズ続きます。
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このエントリーは、まぐまぐ!のメルマガ 伏木悦郎の『クルマの心(しん)』と連動しています。
試行錯誤中ですが、twitterやFACEBOOKなどともリンクさせて行きます。
一度まぐまぐ!http://www.mag2.com/m/0001538851.htmlを覗いてみてください。
伏木悦郎
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2012年7月23日月曜日
クルマと拳銃 (みんカラ・specialブログからのつづき)
4年前の2008年11月。米国本土初上陸という30代の編集者MとLA国際オートショー取材に出掛けた。
いつもそうするように空港の民間パーキング預けで手配しておいた試乗車(ACURA TLだったか)のステアリングを即譲り、Let's go!! 有無を言わさず走り出した。
GPS・NAVI装備だったが、彼は右も左も分からない状態。当然緊張と混乱の興奮状態で頭はグルグルになったはずだが、海外でのいきなりのドライブ体験は生涯記憶に残る一生ものだ。
着いたその日に300㎞ほど走り、日を改め23年前に行ったトーランスのシューティングレンジ(Sharpshooter)を訪ねるとちゃんと営業していた。
KIMBER45は23年前のあの感覚をたちまち蘇らせた。けっして新しいメカニズムではないようだが、7+1発のオートマチック45口径による迫力の実射は過去の経験を完全に振り払った。
大排気量ハイパワーのスーパースポーツを手にしたような緊張をともなう高揚感。それをいきなり体験したM君はどう感じたのか。
あえて聞くことはしなかったけれど、今はオートバイ雑誌に異動した彼はクルマ以上の距離感であの時の印象を噛みしめているに違いない。
現代のクルマは、機械的な不都合は少なく、人間工学的にも比べ物にならない進歩を遂げ、拙(つたな)いドライビングスキルを補う数々のデバイスも充実している。
たとえば先の黄金週間に試したポルシェ911カレラS(タイプ991)PDKは、400psを難なく受け止める高い走りのパフォーマンスと上質なタッチの快適性を両立。クラシックなコンセプトと最新の技術の融合を実感させる、超モダンを実感する洗練された仕上がりだった。
すでに十分すぎるサイズへと成長したボディは、997以上にインテリアの質的空間的充実を追求したこともあって、ステアリングを握る者に"存在としての重さ"を印象づけるようになった。
それこそがタイプ991に唯一ついた疑問符といえるのだが、走らせてしまうとそれも納得となる。似つかわしいとは言えないジムカーナコースを試しても望外のハンドリングを味わえたし、デザインとエンジニアリングが織りなす雰囲気、味わい、タッチはどれも独特のオリジナル。
トータルパッケージで勝負する走りのセンスは、ブランド価値に違わない内容の深さとレベルの高さをまざまざと見つける。
空冷時代のコンパクトネス…それこそが、稀代の個性派スポーツカー911にとってかけがえのない価値である。多くのポルシェフリークが主張する意見には大いに賛同したいが、ついにストックで400psの大台に乗ったNA3.8ℓボクサーを引き受けるボディ/シャシーがこのスケールを必要とした。
高い水準が求められるようになった安全基準への対応だとを考えると、このボリューム感は理解できるところではある。
302㎞/h(7速MTは304㎞/h)の最高速は現実感には乏しく、実際に試す機会はほとんどないはずだが、ハイエンドスポーツカーの走りに嘘やごまかしがあってはブランドに傷がつく。極限に迫ったモノ特有のクォリティ感がポルシェの最大価値だったりもする。
リアルな顧客としての富裕層の嗜好は、ストイックさよりも日常で得られるFUNと快適性を求めている。それに対する回答が最新のポルシェ911.タイプ991ということなのだろう。
世界屈指のプレミアムスポーツ911カレラ Sは極端な例かもしれないが、現代のテクノロジーがビギナーのアクセスを容易にしているのは事実だろう。気難しさはどこにもなく、クラッチとシフトワークに煩わされることなく走れ、アイドリングストップまで作動する。
圧倒的な存在感としての重さに負担を感じない余裕の持ち主には、史上最良の911という評価はごく自然に胸を通ることだろう。
では、新たに免許を取得したビギナーの身体感覚はどうなっている? いままさにその瞬間を迎える人にしか分からない境地だが、はたして彼らのストレスは大幅に軽減されたといえるのだろうか。当然個人差はあるはずだが、僕はビギナーはシンプルにビギナーに過ぎないと思っている。。
2ペダルのPDKは、エンジンeng、トランスミッションt/mと運転者が直接メカニカルにつながり、自らの身体を介して御する面倒はなくなった。イージードライブ化の促進は、ハイパフォーマンスにアクセスする垣根を大幅に下げたが、その分身体機能が広がる余地、発展性は抑えられた。
スポーツカーの醍醐味は、自分の能力やセンスなどの身体性を楽しむところにある。評価を自分の内面に求める本質からすれば、自動化は明確なレベルダウンの元と断定されるべきだろう。
技術の進歩やインフラの質的向上によって、スピードに象徴される結果としての走りの可能性は高まったかもしれない。だが、肝心の走りのスキルはむしろ落ちてはいまいか。
技術が至らなかった過去よりも、エントリードライバーの能力が下がっている。スキルアップの機会を失ったことで、ドライバーの質が好ましくない方向に動いた可能性は否定できない。
ビギナーにとって未経験の100㎞/hは、未知ゆえの避けられない恐怖であり、克服するには経験を積むほかはない。いわば『運転"道"』の必須テーマということになるだろう。
テクノロジーの進歩とインフラの整備よって、ハードルは格段に下がったといえるが、障害がゼロになったわけではないし、今後消えてなくなることもない。
それをさらにクルマの安全ディバイスなどのテクノロジーや、ITSに象徴される道路インフラなどの整備によって極小化を目指す。そのような物言いには正直違和感を覚える。
僕がすでに何度も体験し、フィジカル/メンタルの両面でも克服している200㎞/hを超えるスピード。それは経験する意志も能力も機会も持たずに判断を迫られる行政官僚にとっては、客観値として危険であり、判断しかねる(というかその必要も感じない)トンデモナイ世界ということになるだろう。
少し前のここで話題にした300㎞/hなんて、自分には関わりのない別世界の話、宇宙旅行と同列で語りたい現実感が極端に乏しい無関係無関心な事柄であるに違いない。
多くの日本人がアメリカの銃社会に対して抱く漠然としたイメージ。現実感はまったくないのに、元来人とモノの関係は生活の中にあって、使う人の暮らしぶりに思いを寄せないと理解できないはずなのに、観念的にあっさりと捉えている。
そこにある銃の存在だけに注目して、周辺の事情や環境要因には関心を払わない。モノの改善だけで問題解決は図れると短絡する。
これも肝心なことは報じないメディアの問題と言っていいと思うが、後に責任が発生するような重要な判断が求められる時、自らの意見を述べずに、データや内外の役人、メーカーの見解を並べる。この辺は、銃をクルマに置き換えても通る話だろう。
日本のビギナーにとって未経験の高速道路100㎞/h走行は、おそらく僕がその気になれば難なく実現できるオーバー200㎞/h走行の何倍もの驚怖であるに違いない。高速教習で許された100㎞/hの法定速度はあって無きもので、散々教習所で習ってきた遵法速度では秩序を乱す側になりかねない。
現在高性能と評価されるクルマの実態は高速性能に秀でたクルマであり、ヒューマンファクターを除いた条件付きの評価指標に留まる。そこを言わずに、安全を外部に求めたところで何の意味があるのだろうか?
殺傷能力を最大限に追求した上で、使用は所有者の意志と能力に委ねる。銃は、所持を禁止すれば危険は最小限に留まるが、権利で認められているとなれば使用の可能性は飛躍的に高まる。
クルマの性能も考えると不思議だ。合法的に速度無制限を認めているのは、知るかぎりではドイツアウトバーンの一部でしかない。広大な原野の中を行く実質無制限の名も知らぬハイウェイはあるだろうが、先進国でも120~130㎞/hが高速道路の平均的な上限速度。アウトバーンでもドイツメーカー各社は250㎞/hでリミッターを作動させる紳士協定を結んでいたりもする。
日本の100km/hは先進国では最低レベルで、グローバル化した自動車産業にとって厳しい足かせになっていることは間違いない。クルマは道路が作る、とあるメーカーの名物テストドライバーは看破したが、日本の法律で縛られた道で作るかぎり国際競争力のあるクルマは作れない。
クルマを税制や有料道路や速度制限などの高コスト化で拳銃を取り締まるように厳重に縛り、ユーザーの使い勝手を考えることもなく、稼ぎ頭だった自動車メーカー開発陣全世界に向けたクルマ作りを後押しして成長に寄与する気概もなく、ただただ許認可権などの権限の維持に腐心する。
官も報(メディア)も共通するのは、失敗を恐れて自らクルマを運転することを徹底的に排除しているということ。自らステアリングを握ることを避ける者が権限を握り、取材するマスメディアも黒塗りのハイヤーで記者会見に押し寄せ、アイドリングストップどこへやらの体で路上に列をなしたりしている。
アメリカには約2億7千万丁の銃砲が存在し、事故や事件や自殺などで年間約3万人が命を落としているという。日本の年間自殺者数に匹敵する、それぞれに重大な問題だが、実は全米の自動車事故死亡者は年間約4万人を数える。
約2億4千万台保有のクルマのほうが、銃砲より多くの死亡事故に関わっている。アメリカのFMVSS(連邦自動車安全基準)は世界の自動車安全基準のベンチマークとされるもっとも早くから法制化された基準だが、その登場の背景には想像を絶するインモラル、不正使用、異常行動から善良な市民を守る…という発想が見て取れる。
ちゃんとしている人もいれば、そうではない人もいる。どちらも運転者には変わりはない。そういう視点で海外の安全基準のそもそもの生れた背景に思いを寄せるメディアはなかった。
そうやって考えると、いかに我々は本当のことを知らない、調べていない、実地で経験していないということに思い当たる。
ここから先は、メルマガ『クルマの心』を軌道に乗せて、自分の足で世界を歩く体制を敷いてからでないとどうにもならない。日本に直接関係のない、あるいは正しくてもその情報を持ってきてしまうとこれまでと帳尻が合わない……そんな話がゴロゴロしている。そうであって欲しくはないが、この国が本当に変わりたい気持があるのなら、情報の多様性による開国は不可欠だろう。
進む道はそっちだと思っている。
2012年5月20日日曜日
300㎞/hの本質
現在、300㎞/hオーバーの市販車は世界にどれほど存在するか。一度正確に把握しないといけません。10の桁であることは間違いありません。もっとも、それらのクルマたちが、自由にスピードを謳歌できるかというと、話はそんなに簡単ではありません。速度に対応したレーシングコースやテストコースや高規格な高速道路で、他の交通が走行の妨げにならないという条件をクリアした上で、天候や諸々のコンディションに問題がないという時にのみ可能な話です。
あるメーカーのスーパースポーツ開発責任者は、300を鼻唄まじり、隣のシートの同乗者と話をしながらとプロダクトの優秀性を語っておられますが、300km/hはそういう緊張感のない世界ではありません。
今から30年ほど前、日本版マスキー法克服の目処が立ち、再び高度成長期のパワー競争に人々の関心が移り出した1980年代初頭のことです。当時茨城県谷田部町(現つくば市)にあった日本自動車研究所(JARI)のテストコース(5.5㎞の高速周回路と総合試験路)は、市販車の性能を実地に検証する場として盛んに利用されました。
その時代の流れの一環として最高速トライアルがブームの兆しを見せていたわけです。いわゆるチューニングカーによるスピードトライアルで、それをメイン企画とする専門誌もいくつか登場していました。まだ駆け出しで、食うためなら何でも……という感じで関わったのが1983年頃でしょうか。RE雨宮やトラストなどのチューニングショップが自社製作のマシンを持ち寄り、雑誌がテストして誌面に記事化する。そのテスターとライターをやってました。
83年当時の最高だった雨宮RE・SA22ターボの記録はたしか288㎞/h。油温計の針がまるでタコメーターのように急上昇するツワモノは、計測地点からの逆算で加速開始ポイントを探る必要のある刺激的な一台として記憶に残っています。トラストのセリカXXツインターボも忘れられませんね。
当時はまだ運輸省が60タイヤを認可していない時代。200㎞/hオーバーに耐えられるタイヤといえばピレリP7が最右翼ですが、当時はまだVR規格(240㎞/h)どまりだったかと思います。それで274㎞/hを計測したXXを走らせた。
設計速度190㎞/hのJARI高速周回路のバンクで速度を高く保持するにはステアリングを左に切る必要があり、ダウンフォースを得る空力も手伝ってストレスが右前輪に集中しました。結果が内部構造破壊によるバーストです。当時は用心のために計測地点を過ぎると即アクセルを戻し、異常に対応することを自ら課していました。
軽くブレーキに足を乗せると、グラッ。あちゃ~であります。そのままバンク上方には向かわず身構えていると、ボンッと鈍い音の後テールが巻き込み、後ろ向きのままバンク上方まで流されました。幸いガードレールにタッチすることなく下りて来ることができてセーフ。「あの、この車、ターボなんで、エンジン急に止めないでくださいッ」駆けつけた若いメカニックの言葉は今も耳に残っている。そういう事態じゃないだろう。バンクに残ったブラックマークを見上げながら、苦笑する他なかったなあ。
その後、チューニングカーの最高速トライアルは過激化の一途を辿り、さすがにこれは厳しいかな…と。オプション誌の大ちゃん(稲田大二郎さん)はこの道で活路を開き、やがてボンネビルまで足を伸ばす筋金入りとなった訳ですが、僕はまだサーキットのモーターレーシングに未練があったので手を引き、85年のグループCマシン一気乗りに向かいました。85年のFSWでスピードガンを用いて計測したた296㎞/hが客観的なデータとして残っている僕の最高値ということになります。マシンは日産LM03C 。シケインのない時代のデータです。
この時初めて視界の両側から色彩が失われる経験をしました。あまりの加速の鋭さに、視野が狭まり色を認識することができなくなる。訓練で動体視力を鍛えることは可能ですが、秒速83mの世界への対応は人類に平等で、明確に生理限界は存在します。JARIの高速トライアルやクループCマシンのテスト、さらにはドイツアウトバーンでも経験していることですが、大体250㎞/hを境に何度経験しても身体の芯からザワザワと湧き上がる心地悪さ、得体の知れない恐怖感のようなものに包まれる。
あれは何なのだろう。気になって少し調べたことがあります。視覚から入った情報が脳に入り、処理された後に身体の筋肉などが刺激されて何らかの行動が生まれる。そういうことだろうと当てずっぽうで脳とか神経伝達のメカニズムとかに首を突っ込むと、神経伝達速度に関係する神経には有髄・無髄という鞘が有る無しのものがあり、その最速が有髄神経系の70~120m/sなんていう話に行き着いたりしました。
まあ、完全にオヤジの酒飲み話の域を出ませんが、人間の生理に密接に関係しているのは間違いなく、たとえばドイツのアウトバーンでは250㎞/hを一応のリミットとする紳士協定があったりする。秒速にすると70m/s。そこには何らかの相関がある。随分前に調べて頭に入ったつもりの話ですが、今では少し曖昧になってしまいました。そういえばそうだった。かつていろいろ深く考えたり調べたことが、実は今直面している諸問題を解きほぐす糸口になる。何かそんな気がします。
300㎞/hのカタルシスはなかなかのものですが、経験できる圧倒的少数と頭だけで分かった気になっている大多数による曖昧模糊とした状態が、クルマで本来語られるべきリアリティから遠ざけている。遅いけれど楽しいとか、日常的な速度感覚でもスポーティであるとか、安全ディバイスにみられるようてマッチポンプではない身体が自発的に機能するクルマの性能のあり方こそがこれからの技術テーマなのではないか。今までどおりとは少し違うところに、答はあるように思うのです。
300㎞/h超の世界は面白いので、さらに追求してみたいと思います。
2012年5月18日金曜日
クルマ離れのススメ(つづき)
みんカラ・スペシャルブログ『クルマとからだ』5月18日付からのリレー投稿です
その後昭和53年排ガス規制克服から一転パワーウォーズ、無限の成長を信じた80年代からバブル、その崩壊とポストバブル、リストラの時代から神風が吹いたようなミレニアム以降と目まぐるしく時代は移り、リーマンショックと東日本大震災で止めを刺された。
実はバブルとその崩壊は、高度成長とオイルショックと見事に重なり、鉛公害に端を発する排ガス規制(公害対策基本法制定=68年~日本版マスキー法=78年))の強化と米国カリフォルニア州のZEV法(95年)にいつの間にか地球温暖化化の原因物質としてのCO2問題が合流したCOP3京都議定書(97年)以降の流れも同様の"メカニズム"を感じる。
この1970年代に清濁併せ持つクルマの洗礼を受けた僕の気分と、地球レベルの新たな環境問題が急浮上した1990年頃に生まれ幼い時分から環境教育を受けて育ってきた件の学生世代が抱く感覚は多分同じだ。
異なるのは、情報化が進んだ現代は圧倒的に情報量が多く、若い世代が自分の抱く疑問に対する解決の糸口となる情報に簡単にアクセスできて、自分の頭で考える余地が過去のいかなる世代とも異なって多くなっている(はずだ)。彼らの意見の多くは、これまでの成り行きやしがらみに囚われることなく、軽やかに現状を把握し、極めて合理的に判断を下しているように見える。
「クルマなど全くほしくありません」は、多分今を生きている実感を素直に語った本心だろう。あれだけエコだ環境だ石油枯渇だ交通安全だ……とさんざん言い含められてきて、それでもクルマは素晴らしいと大見得を切れる人物は化け物か超人のいずれかだろう。何の疑いもなく大学に進学することができた無垢な人々に、世間の一筋縄では行かない混沌を理解できるはずもない。
というより、そんな手垢にまみれることなく、そのまんまの勢いで伸びやかに軽やかに生きてもらったほうが、行き詰まった時代を変える可能性は高いのだが、今まで通りで逃げきりを図りたい人々にとってこれ以上の脅威はない。そう考えると彼らが無事に思いのまま生きられる保証はない。そもそも既存メディアがスポンサーをつけて若者を取り込もうという悪企みに乗ってしまっている時点で厳しい。そこに気がつくかどうかが分かれ目という気がする。
まあ、そもそも世界を変えてやろうなどという不届きな野心を抱くほどの程度の良い若(バカ)者ではないようなので、大人の望むような答しか出せないようにも思うけれど。
僕は若者がクルマから離れてくれたほうが嬉しいと考える者である。日本経済を動かしているのは自分だという頼まれもしない責任感にかられた大手の自動車メーカーの経営陣ならいざしらず、消費する側に立てば道路を利用する人口は減るに越したことはない。すでに人口は増加から減少のプロセスに入り、国内市場がピークを過ぎて縮小過程に入ったのは明らかだ。
それがマズいというなら、もう一遍生めよ増やせよの大号令を掛ける必要があるはずだが、当事者といえる若い世代にその気は全く感じられない。今ある社会の便利さは、経済成長を前提としその結果として作り上げられ運営されている。その仕組みが反転すれば、当然今までどおりでは行かなくなるはずなのだが、何故か老若男女を問わず今ある状況が不変であるかのような言動に終始している。
わが家の近所にあるつくし野は、『金妻』の80年代には人も羨む田園都市の高級住宅街だった。しかし、高齢化とともに相続の問題が被さってきた昨今は、見る影もない淀んだ空気に覆われている。高度経済成長を支えたベッドタウンがどこもスラム化の危機に瀕しているいっぽうで、都心には再開発による高層アパートが林立する。地震大国であることを忘れたかのようなブームは、今まで通りを前提にした人々の気分と意志の表れにほかならないだろう。
公共交通機関が揃っているからクルマは要らない。そう言えるのは、その暮らしぶりに適応できる人に限られる。今の自分がそうだからといって、将来の自分がそうなる保証はそうであろうとしないかぎりない。仮に収入が下がれば生活費の安い郊外での居住が必然となるが、周辺部では自動車が必需品となる自動車化が意外なほど進んでいる。
大都市にさらに人口が集中する傾向が続けばそこへの投資は続くだろうが、減少サイクルに入ったら綻びは想像を絶するに違いない。破壊的て自然現象に襲われたら…というリスクを想定しない想像力の欠如は、エネルギーに溢れると同時に経験に乏しい世代の限界として認識されなければいけない。
クルマの話だ。僕はシンプルにエゴイスティックな存在だと思っている。個を基本とするモビリティツールであり、己の身体性を飛躍的に高める身体機能の拡大装置。単なる利便性だけでなく、快楽や気分の高揚を得るという欲望を満たすツールである側面も見逃すべきではない。
エゴを拡大するという行為は、当然他者や外部空間への干渉を伴います。社会や他者との協調が求められ、公平を期すために法的な枠組みで管理されることになっている。直接の当時対象と利害調整がつく状況にあれば何も問題は起こらない。エゴを満たすという前提に立てば、障害の元となる運転スキルの不足の解消は身につけて当然の条件であり、できないのであれば乗らない(乗れない)という選択肢はあって不思議ではない。
テクノロジーで不足を補うという考え方は、一面社会正義の側面から肯定されるところもあるけれど、クルマはそもそもがエゴに根ざし、欲望を満たすためのツールであるという認識に立てばかなり危うい。リスクはないものと錯覚させる技術体系は、人為的ミスはないという安心感とともにエゴを無限に拡大しかねない。技術万能の安全神話に陥る愚は、数十億人の多様性を理解するイマジネーションの不足に起因していることを忘れてはならないだろう。
従来通りの高速性能に優れること=高性能であり、価値が高いという論理に留まるかぎり事態は好転しないし、新しい世代の共感も得ることはできないのではないか。アートの世界では300㎞/hオーバーのスピードは価値となり得るが、現実世界で問われているのは人(ドライバー)道(走行環境)車(のテクノロジー)とのバランスとして存在する走り。
世界的に見ても現実的ではない100mph(160㎞/h)以上のスピードやそれを可能にするパワーでクルマの価値を計るいっぽうで、燃費やCO2排出量を下げろ、やれハイブリッドだEVだと言い募る。その奇形ともいえる状況を疑問視しないメディアを含むサプライ側と、何か変だということに気づいて『クルマは要らない』と言い切る新世代。その溝は、ことによると埋めがたいものになっているのかもしれない。
ひょっとして……と気になっているのは、日経ビジネスon lineの企画に登場する慶大生は渡航の経験がなく、肌で海外を経験していないのでは?ということ。日本の大都市でしか生活経験がなく、国内外の状況を知ることなく、また海外で生きるイマジネーションを持たない人に想像力を掻き立てよといっても無理がある。自動車メーカーは日本国内の市場縮小に合わせて相対的に国外生産は増やし国内は維持がやっと。場合によっては大幅なリストラも余儀なくされることが現実的になろうとしている。
一度衰退した産業が再生することの難しさを考えれば、小さいとは言ってもいまだ世界第三位の市場規模を誇る日本の自動車販売。味気ない機能やユーティリティの比較評価で優劣を競うのではなく、心の豊かさにつながるデザインに価値を見出す。これはほとんどの日本の都市や町並みに見られる土地の゛個性がまるで感じられないプレハブな佇まいにも共通することだと思うが、明治以降の近代日本はこれだけ豊かな自然環境を有する国土に似つかわしくない何とも貧しい街並みばかり。
観光地として現代に存在を留める武家屋敷や京の町家や民家園でしか見られなくなった茅葺き屋根の集落のような、自然の風景になじむ景観は稀になっている。海外市場を軸足にしているクルマはそうでもないが、ミニバンや軽などの国内専用モデルのデザイン感覚は日本の家並みと相通じるものがある。
どうせならセンスよく、格好よく、見る人も気分よく……出る釘を叩いたり、空気を読んで意見を吐かなかったり、嫉妬の心を抑えきれずに陰で悪口言ったりの衝動をぐっと押さえて、多くが納得できるかっこいいを自らの手で掴み取りたいもの。思いついた時にいつでもふらっと旅立てる。その自由な感覚を味わったら、かなりのマイナスを犠牲にしてでもポジションをキープしたいと思うはず。
訳の分からない衝動を無闇に奨励することは憚られるが、多少なりとも跳ねっ返りがいてくれたほうがバランス的にも好ましい。環境問題が声高に叫ばれるようになったが、石油資源のピークアウトと新興諸国の市場活性化によるエネルギー需給の逼迫は、これまでの豊かさの前提となっていた条件を大きく揺るがすのは明らかだ。
そこに30年来のコンパクトFRでスタイリング、パッケージング、ハンドリングの鼎立によるエゴイスティックなプロダクトとしてのクルマのあり方を結びつけようとするとまた非難轟々となるのだろうが、対案があるのなら是非聞かせてほしい。今まで通りでは立ち行かないことは分かっている。
クルマなんか要らないという子供には興味はない。そう言う人に乗ってもらおうなんていうお節介をする気もさらさらない。クルマが衰退産業であるということを認めるというなら、じたばたしても始まらないだろう。クルマは多くの問題を孕みながら、それでも圧倒的に面白い。未知の土地を一人で行動することを余儀なくされることになった時に、その意味が分かる。すでに知っているところでしか生きたことのない人に、言ってもはじまらない。自由に動けることの意味は深く重いのです。
その後昭和53年排ガス規制克服から一転パワーウォーズ、無限の成長を信じた80年代からバブル、その崩壊とポストバブル、リストラの時代から神風が吹いたようなミレニアム以降と目まぐるしく時代は移り、リーマンショックと東日本大震災で止めを刺された。
実はバブルとその崩壊は、高度成長とオイルショックと見事に重なり、鉛公害に端を発する排ガス規制(公害対策基本法制定=68年~日本版マスキー法=78年))の強化と米国カリフォルニア州のZEV法(95年)にいつの間にか地球温暖化化の原因物質としてのCO2問題が合流したCOP3京都議定書(97年)以降の流れも同様の"メカニズム"を感じる。
この1970年代に清濁併せ持つクルマの洗礼を受けた僕の気分と、地球レベルの新たな環境問題が急浮上した1990年頃に生まれ幼い時分から環境教育を受けて育ってきた件の学生世代が抱く感覚は多分同じだ。
異なるのは、情報化が進んだ現代は圧倒的に情報量が多く、若い世代が自分の抱く疑問に対する解決の糸口となる情報に簡単にアクセスできて、自分の頭で考える余地が過去のいかなる世代とも異なって多くなっている(はずだ)。彼らの意見の多くは、これまでの成り行きやしがらみに囚われることなく、軽やかに現状を把握し、極めて合理的に判断を下しているように見える。
「クルマなど全くほしくありません」は、多分今を生きている実感を素直に語った本心だろう。あれだけエコだ環境だ石油枯渇だ交通安全だ……とさんざん言い含められてきて、それでもクルマは素晴らしいと大見得を切れる人物は化け物か超人のいずれかだろう。何の疑いもなく大学に進学することができた無垢な人々に、世間の一筋縄では行かない混沌を理解できるはずもない。
というより、そんな手垢にまみれることなく、そのまんまの勢いで伸びやかに軽やかに生きてもらったほうが、行き詰まった時代を変える可能性は高いのだが、今まで通りで逃げきりを図りたい人々にとってこれ以上の脅威はない。そう考えると彼らが無事に思いのまま生きられる保証はない。そもそも既存メディアがスポンサーをつけて若者を取り込もうという悪企みに乗ってしまっている時点で厳しい。そこに気がつくかどうかが分かれ目という気がする。
まあ、そもそも世界を変えてやろうなどという不届きな野心を抱くほどの程度の良い若(バカ)者ではないようなので、大人の望むような答しか出せないようにも思うけれど。
僕は若者がクルマから離れてくれたほうが嬉しいと考える者である。日本経済を動かしているのは自分だという頼まれもしない責任感にかられた大手の自動車メーカーの経営陣ならいざしらず、消費する側に立てば道路を利用する人口は減るに越したことはない。すでに人口は増加から減少のプロセスに入り、国内市場がピークを過ぎて縮小過程に入ったのは明らかだ。
それがマズいというなら、もう一遍生めよ増やせよの大号令を掛ける必要があるはずだが、当事者といえる若い世代にその気は全く感じられない。今ある社会の便利さは、経済成長を前提としその結果として作り上げられ運営されている。その仕組みが反転すれば、当然今までどおりでは行かなくなるはずなのだが、何故か老若男女を問わず今ある状況が不変であるかのような言動に終始している。
わが家の近所にあるつくし野は、『金妻』の80年代には人も羨む田園都市の高級住宅街だった。しかし、高齢化とともに相続の問題が被さってきた昨今は、見る影もない淀んだ空気に覆われている。高度経済成長を支えたベッドタウンがどこもスラム化の危機に瀕しているいっぽうで、都心には再開発による高層アパートが林立する。地震大国であることを忘れたかのようなブームは、今まで通りを前提にした人々の気分と意志の表れにほかならないだろう。
公共交通機関が揃っているからクルマは要らない。そう言えるのは、その暮らしぶりに適応できる人に限られる。今の自分がそうだからといって、将来の自分がそうなる保証はそうであろうとしないかぎりない。仮に収入が下がれば生活費の安い郊外での居住が必然となるが、周辺部では自動車が必需品となる自動車化が意外なほど進んでいる。
大都市にさらに人口が集中する傾向が続けばそこへの投資は続くだろうが、減少サイクルに入ったら綻びは想像を絶するに違いない。破壊的て自然現象に襲われたら…というリスクを想定しない想像力の欠如は、エネルギーに溢れると同時に経験に乏しい世代の限界として認識されなければいけない。
クルマの話だ。僕はシンプルにエゴイスティックな存在だと思っている。個を基本とするモビリティツールであり、己の身体性を飛躍的に高める身体機能の拡大装置。単なる利便性だけでなく、快楽や気分の高揚を得るという欲望を満たすツールである側面も見逃すべきではない。
エゴを拡大するという行為は、当然他者や外部空間への干渉を伴います。社会や他者との協調が求められ、公平を期すために法的な枠組みで管理されることになっている。直接の当時対象と利害調整がつく状況にあれば何も問題は起こらない。エゴを満たすという前提に立てば、障害の元となる運転スキルの不足の解消は身につけて当然の条件であり、できないのであれば乗らない(乗れない)という選択肢はあって不思議ではない。
テクノロジーで不足を補うという考え方は、一面社会正義の側面から肯定されるところもあるけれど、クルマはそもそもがエゴに根ざし、欲望を満たすためのツールであるという認識に立てばかなり危うい。リスクはないものと錯覚させる技術体系は、人為的ミスはないという安心感とともにエゴを無限に拡大しかねない。技術万能の安全神話に陥る愚は、数十億人の多様性を理解するイマジネーションの不足に起因していることを忘れてはならないだろう。
従来通りの高速性能に優れること=高性能であり、価値が高いという論理に留まるかぎり事態は好転しないし、新しい世代の共感も得ることはできないのではないか。アートの世界では300㎞/hオーバーのスピードは価値となり得るが、現実世界で問われているのは人(ドライバー)道(走行環境)車(のテクノロジー)とのバランスとして存在する走り。
世界的に見ても現実的ではない100mph(160㎞/h)以上のスピードやそれを可能にするパワーでクルマの価値を計るいっぽうで、燃費やCO2排出量を下げろ、やれハイブリッドだEVだと言い募る。その奇形ともいえる状況を疑問視しないメディアを含むサプライ側と、何か変だということに気づいて『クルマは要らない』と言い切る新世代。その溝は、ことによると埋めがたいものになっているのかもしれない。
ひょっとして……と気になっているのは、日経ビジネスon lineの企画に登場する慶大生は渡航の経験がなく、肌で海外を経験していないのでは?ということ。日本の大都市でしか生活経験がなく、国内外の状況を知ることなく、また海外で生きるイマジネーションを持たない人に想像力を掻き立てよといっても無理がある。自動車メーカーは日本国内の市場縮小に合わせて相対的に国外生産は増やし国内は維持がやっと。場合によっては大幅なリストラも余儀なくされることが現実的になろうとしている。
一度衰退した産業が再生することの難しさを考えれば、小さいとは言ってもいまだ世界第三位の市場規模を誇る日本の自動車販売。味気ない機能やユーティリティの比較評価で優劣を競うのではなく、心の豊かさにつながるデザインに価値を見出す。これはほとんどの日本の都市や町並みに見られる土地の゛個性がまるで感じられないプレハブな佇まいにも共通することだと思うが、明治以降の近代日本はこれだけ豊かな自然環境を有する国土に似つかわしくない何とも貧しい街並みばかり。
観光地として現代に存在を留める武家屋敷や京の町家や民家園でしか見られなくなった茅葺き屋根の集落のような、自然の風景になじむ景観は稀になっている。海外市場を軸足にしているクルマはそうでもないが、ミニバンや軽などの国内専用モデルのデザイン感覚は日本の家並みと相通じるものがある。
どうせならセンスよく、格好よく、見る人も気分よく……出る釘を叩いたり、空気を読んで意見を吐かなかったり、嫉妬の心を抑えきれずに陰で悪口言ったりの衝動をぐっと押さえて、多くが納得できるかっこいいを自らの手で掴み取りたいもの。思いついた時にいつでもふらっと旅立てる。その自由な感覚を味わったら、かなりのマイナスを犠牲にしてでもポジションをキープしたいと思うはず。
訳の分からない衝動を無闇に奨励することは憚られるが、多少なりとも跳ねっ返りがいてくれたほうがバランス的にも好ましい。環境問題が声高に叫ばれるようになったが、石油資源のピークアウトと新興諸国の市場活性化によるエネルギー需給の逼迫は、これまでの豊かさの前提となっていた条件を大きく揺るがすのは明らかだ。
そこに30年来のコンパクトFRでスタイリング、パッケージング、ハンドリングの鼎立によるエゴイスティックなプロダクトとしてのクルマのあり方を結びつけようとするとまた非難轟々となるのだろうが、対案があるのなら是非聞かせてほしい。今まで通りでは立ち行かないことは分かっている。
クルマなんか要らないという子供には興味はない。そう言う人に乗ってもらおうなんていうお節介をする気もさらさらない。クルマが衰退産業であるということを認めるというなら、じたばたしても始まらないだろう。クルマは多くの問題を孕みながら、それでも圧倒的に面白い。未知の土地を一人で行動することを余儀なくされることになった時に、その意味が分かる。すでに知っているところでしか生きたことのない人に、言ってもはじまらない。自由に動けることの意味は深く重いのです。
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