■僕がプリウスを買った訳
わが家にはすでに8年近く乗り続けているプリウスがある。2代目のNHW20型で色は黒。すでにオドメーターは8万㎞に迫っている。一昨年までは99年式の白いS2000も持っていて、こっちが主力マシンだった(手離した時には14万㎞を超えていました)ので、これでもけっこう乗っているほうだろう。
DRIVING JOURNAL@動遊倶楽部は、タイトルの説明にもあるとおり、"クルマはFRでなければならない"というちょっぴりカルトなFR絶対主義を基本的な行動規範として掲げます。この話は長くなるので追々触れて行くことにしますが、なんでそれがプリウスなんだ? もっともな疑問だと思います。
実は、このプリウスの前はアルテッツァでした。現行レクサスISの前身(というか和名ですね)の購入は、発表直後の1998年10月。「魅力的な国産2ℓ級FRセダンが登場したら必ず買う」80年代からの広言を実行に移した結果でした。翌年にはS2000が加わり華麗なるFR2台体制が完成します。
S2000は、ホンダが創業50周年を記念して30年ぶりに世に出した、S800以来のFRスポーツカー。ホンダとは80年代後半からFFvsFR論争を闘わせた間柄です。積極的に開発を求めた手前引っ込みがつかなくなり、こっちも購入することに。リーマンショック以降の経済状況の悪化のあおりでやむなく手離し、FR絶対主義が看板倒れ状態になったのは残念ですが、まあ人生山あり谷ありです。
プリウスNHW20購入を決断したのは、実はFR絶対主義のさらなる理論武装のためでした。すでに時代は石油需給の逼迫と新たな環境問題が浮上。先進国を中心とする世界の関心は、経済発展から環境保全へと移っていました。
それまで無害と信じられてきた二酸化炭素が、突如地球温暖化という新たな課題の問題物質として急浮上したのは驚きでした。我々がそのことを身近な問題として知るきっかけとなったのが、1997年に京都で行われたCOP3(気候変動枠組条約第3回締結国会議)、通称京都会議でした。
■カリフォルニアで知ったプリウス登場の背景
私は、これもある日突然新聞が報じはじめた米国カリフォルニア州の大気清浄法の実態を確かめようと、ちょうどその頃始まったCSTV朝日ニュースターのレギュラー番組で現地取材を行ってます。1995年のことでした。
加州大気清浄法‥‥世に言うZEV法は、カリフォルニア州で一定以上の量販規模を持つメーカーに対し、排気ガスゼロのクルマを1998年に2%、2003年までにその比率を10%に高めて販売することを義務づけるという法律です。州法ですが、全米最大の自動車市場の影響力は後に全米規模に及びました。当時ゼロエミッションビークル(ZEV)といえば、鉛バッテリーの電気自動車(EV)です。
ZEV法がターゲットとして狙いを定めたのはロサンゼルス(LA)市の大気汚染でした。当時のLAは、午前中は洗濯物を外に干せないといわれるほどスモッグが問題視された状態。飛行機でLAXにアプローチする際に、それははっきりと目で見て理解できるものでした。(下の写真は2009年)
しかし、取材を行ってみると、ことは単純ではありませんでした。太平洋を背に三方を山で囲まれた地形と乾燥した気候がLAの環境問題の物理的な核心です。これにクルマがないと生活が難しい全面的てクルマ依存の社会構造が重なって複雑化します。
基本的に大気が滞留しやすいところに、エミッションをまき散らすクルマが大量に存在する。乾燥した環境はクルマの老朽化を遅らせ、経済力の乏しい人々はやむなくそういう古くて大きいアメ車に乗る。 当時ガソリンは水より安いガロン/1ドル台だったので、燃費は問題にならなかった。そして、そういうクルマに頼るのは非白人系が多い低所得者層。現在でも基本的な構造は変わらないと思います。
これらの要因をつなぎ合わせると、LA固有の地形や気象というシンプルな地域環境の話から、人種 問題に飛び火し、その向こうにある政治や経済、さらには産業構造や雇用の問題へと際限のない広がりを持っていることに気づかされました。
最新モデルに比べると何倍ものエミッションを垂れ流すクルマを廃棄し、新車への買い換えを促進すれば、LAの大気は劇的にクリーンになる。問題解決の糸口は実は予想外に単純なものでした。しかし、それを実行に移そうとすると、政治や経済の社会問題に直結してしまう。買い換えの費用をどうするか?低所得者層に無理強いをすれば、その政権が次の選挙で勝つ可能性は激減してしまいます。
当時は、ソ連の崩壊にともなう冷戦構造の終焉が明らかになった時代でもありました。巨大な軍需産業で働く優秀なサイエンティストやエンジニアの大量失業が社会問題化しつつあった。その有望な再雇用先として注目されることなったのが、ZEV法のコアにあるEV(電気自動車)をはじめとする次世代エネルギー車だというのです。
カリフォルニア州が発端となったゼロエミッションビークルは、背景にアメリカという国が抱えるあらゆる問題を浮き彫りにする存在。現地で確かめることもなく、特派員のリポートをベタ記事で掲載して分かったようなことを書いている新聞記者が思いも寄らない現実がそこにありました。
余談ながら、ZEV法がらみで日本から取材に来たのはお前が初めてだと、複数の在LA日本メーカーの広報担当者に言われました。
95年当時はビル・クリントンの民主党政権時代。ZEV法は同政権2期目の97年以降さまざまな抵抗にあって骨抜きにされ、2001年からのブッシュ共和党政権下では完全に忘れ去られてしまいます。09年にバラク・オバマの民主党が政権を奪取し、グリーンニューディールを掲げたところから再びEVに注目が集まっています。
来年(2012年)にはZEV法が本格的な実施プログラムに移行することを考えると、EVはそもそも政治的な存在だったということがおぼろげながらも理解できますね。この加州ZEV法がきっかとなってEVやHEV(ハイブリッド)、FCV(燃料電池車)などの次世代エネルギー車が注目を集めることになるわけですが、あの頃のカリフォルニアでCO2が問題視されることはありませんでした。
「それが電気だろうが、ガソリンだろうが何だろうが、このカリフォルニアの空がクリーンになるなら手段は何でも構わない」単独インタビューに応じたCARB(カリフォルニア大気資源局)のダンロップ局長はシンプルにそう言いきりました。
気がついたらCOP3で日本は90年の排出量の6%減というCO2削減案が提示され、いつのまにか欧州が問題視した二酸化炭素問題とカリフォルニアのZEVが合体して世界的なエコカーブームが出現してしまった。サマリーだけでもこれだけ複雑になってしまうのですから、詳細を伝えようとしたらえらいことです。
■米人ジャーナリストが「パワーは十分、もっとエコでもいい」って言うんです(粥川CE)
諸々は折に触れて書くということで勘弁してもらって、プリウスの最新作の話をします。プリウスαは、今年のNAIAS(北米国際オートショー=デトロイトショー)でワールドプレミアされたプリウスの派生モデルの日本国内向けの呼称で、NAIASで公表された北米モデルはプリウスVでした。
日本国内市場向けのプリウスαには、2列シート5人乗りと3列シート7人乗りが設定されている。北米にはこの内の2列5人乗りのみが設定され、欧州は日本と同じ2本立が予定されている。写真上が5人乗り、下が7人乗り。センターコンソールの形状に注目。
5座と7座の違いは、北米仕様ともいえる前者が従来のオリジナルプリウス同様のニッケル水素をリアシート後ろのフロアに収め、その位置に3列目シートが来る後者はセンターコンソールにコンパクトでエネルギー密度の大きいリチウムイオンバッテリーを搭載。重量と性能が互いに相殺されることで両者の走りパフォーマンスはほとんど差のないレベルに収まったという。
オリジナルのZVW30型のデリバティブ(派生モデル)として新たにプリウスファミリーの一員に加わったプリウスαは、フロントマスクやエアロコーナー、特徴的なトライアングルフォルムのルーフラインなどでイメージの共通化を実現しているが、外板はほぼ別仕立て。
80㎜のホイールベース延長やルーフラインを高いまま保ちファストバックからハッチバックへと大きく変わった。プロポーション的にはまったくニュアンスが異なるけれどイメージがブレていない点が興味深い。
プリウスαが狙うのは、オリジナルプリウスのようなコンセプチュアルな理想主義的スタンスではなく、実用上のメリットの最大化。(写真上が5人乗り、下が7人乗り。いずれもスムーズな乗降性と余裕のあるヘッド&ニールームが印象的。使い勝手はオリジナルプリウスより断然上)
日欧に用意される3列7人乗りは、実際にそういう使い方をするかどうかはともかく、”いざという時に”という日本人が好むエクストラバリューに商品価値を求めている。北米で割り切られた5人乗りの狙いはとてもシンプルだ。大きな体格のパッセンジャーがリアシートに座っても苦痛を覚えない。
適度な高さに設定されたシート着座面とフッド&ニースペースの余裕。リアルな使用状況を考えたら、こっちのほうが断然正しい。重量増や車体の大型化はエコカーに好ましいものとは言えないが、重要なのは現実的な使用状況下での商品性。
実際にステアリングを握ってみると、この大地らかな解放感は悪くない。ちょっと首をすぼめなければならないオリジナルプリウスの後席がNGという人には朗報だ。そういう使われ方が現実にされるかどうかはともかく、タクシーへの転用を考えると、これはなかなかのものだ。
走りの洗練度はちょっと心が動くものがある。つい先だって、南カリフォルニアで北米プレス向けの試乗会に立ち会ってきたという粥川宏主査は、「走りは十分だよ、もっと燃費に振ってもいいのでは?」アメリカ人の意識を変化を実感させるジャーナリストのコメントが印象的だったという。
現在カリフォルニアでは1ガロン(3.8ℓ)/4ドルを超えていたということで、ガソリン代に敏感なアメリカ人の消費マインドは完全に省エネダウンサイズに移行している。どこの国でもジャーナリストは一般ユーザーの気分を汲み取り、その代弁者として行動したがるもの。
ガロン/3ドルを割り込むと、さっさと大きなSUVやライトトラックに切り換えるアメリカ人気質も、いよいよ大きく変化しそうな状況にあるようだ。
走りのセットアップについては、あえてコンフォート重視であたりの柔らかい落ち着きある味付けにこだわった。北米市場では、アジりティ(俊敏性)が求められているということで、日本で乗るのとはかなりニュアンスの異なるセットアップがなされていることが多い。
昨年の話になりますが、NYIAS(ニューヨークオートショー)取材の帰路LAに立ち寄って、プリウスとフォードのハイブリッドセダン、フュージョンの乗り比べを行ってみました。記事を買ってくれる媒体がなかったのでお蔵入りになっていたのだが、ちょうどいい機会なのでその時の印象を少し書きます。
日本では地味な印象をもたれやすいフォードのオーソドックスなセダンルックをベースにしたフュージョンだが、プリウスと乗り比べてみると「こんなに洗練されている?」角の取れたしなやかな乗り心地にちょっと心打たれるものさえ感じた。翻ってプリウスは‥‥だが、けっこう固めてこんなに粗かった?日本で乗って感じるのとかなり隔たりのある評価を下さざるを得なかった。
まあ、リクエストがあったら、プリウスとフュージョンの詳しい比較の話をしようと思いますが、この時の経験が粥川リポートを素直に聞ける材料となったのは間違いありません。どちらかというと日本以上に走り志向のジャーナリストが多いアメリカで、40マイル/ガロン以上の燃費を叩き出し、その数値に一喜一憂しているような人々が増えた。その事実は、変わり行くアメリカの現実をかなり忠実に描き出しているのではないでしょうか。
マインドが変化すれば、走りの評価も動く。同じ方向に一色で染まるのはつまらないけれど、一面能天気なアメリカ人が燃費コンシャスに振れてきた。こういう多様性はとりあえず歓迎したいと思う。
エコがあって、カタルシスにのめり込むエモーショナルな走りの魅力もある。それが好ましいあるべき姿。その文脈で、老若男女が走りに酔い痴れるコンパクトFRスポーツがあってもいい。ちょっとオチが強引でしたかね。
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