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2012年4月18日水曜日

狂っている


新東名を走る機会を得た。開通前に取材する案内は届いていた。しかし、それはバス移動によってサービスエリア・パーキングエリアの商業施設の内覧と本線走行、料金所通過を経験するという、いかにも役人発想の無難と無責任を絵に描いたような内容。施設を見物するという発想自体が、自らが運転して移動する空間という道路の本質を欠いた、殿様商売であることに気がついていない。

出来上がった道路の上屋を運用し、そこでビジネスを展開する民間の株式会社になったということで、その施設内で何をしようと勝手だが、有料道路という構造上施設敷地内を排他的に独占できることをいいことに、ショッピングモールやアミューズメントパークのような集客目的の巨大設備を建設し、収益を上げることに邁進する。

曲がりなりにも世界の高速道路を自走する経験を持つが、高速道路本線上の付帯設備であるパーキング・サービスエリア(PA.SA)にこれほど大がかりな商業施設を備える国を知らない。

そもそも、PA.SAは、長距離、長時間にわたって高速道路を通行する際に必要となるクルマの燃料補給や整備、ドライバー/乗員の生理的欲求を満たすためのもの。そのクォリティは最大限追求されていいが、しかしそこに人が訪れる集客目的の施設を作る意味は何なのか。

日本の高速道路は、有料であることを前提に設計されているので、無料が原則の一般道路とは有機的に結びつけられていない。インターチェンジは整備新幹線や在来線特急のようにスピードと時間に対価が払われるように一定の距離で間引かれ、世界屈指の高額通行料を収受するための料金所は無闇に巨大化され豪華になっている。

ETC(自動料金収受システム)は、財政上の理由から世界的な趨勢とされている有料化の切り札として注目され、世界中で開発競争が繰り広げられた。2000年11月につくば市で開催されたスマートクルーズ21-DEMO2000が、日本人がETCを知る最初のきっかけだった。そこで初めて耳にしたITS(高度道路交通システム)とともに、将来世界的に数兆円規模の巨大市場が生まれる……情報情勢に詳しいトップメーカー広報マンの力説に従い、以後注目して取材することにしたのだが、その後12年の進展はまったくお話にならない。

まずETCは、高い通行料を前提にそれに見合う体裁を整える都合から無闇に豪華なETCゲートが各料金所に設置されている。こんなことに馬鹿げたコストを払う国はない。コスト削減がIT技術の最大メリット。路車間通信でピッとやれば終いであるはずなのだ。

路車間、車車間通信をシステム化し、将来的には事故のない自動運転を目指す。ITSをぶち上げた霞ヶ関官僚は懲りることなく既定方針に執着しているが、すでに勝負はついている。ITを中心とするハードウェア技術とそれを組み合わせたシステムということでは世界最先端のものがあるかもしれないが、べらぼうな通行料を前提にした有料高速道路網を背景にした仕組みを受け入れようとする国はどこにもない。

ITSが世に知らしめられたスマートクルーズ21-DEMO2000というイベント自体が、硬直した国家行政官僚機構の時代不適合、制度疲労を象徴するものだった。歴史的なイベントが行われたミレニアムの2000年は、21世紀の幕開けとともに行われることになった中央省庁再編の前年。デモ2000は、それまでの縄張りを明らかにするのが目的としか思えない不思議なものだった。

国土交通省として再編される前の建設省と運輸省が、筑波学園都市内にあるそれぞれの施設で個別にデモンストレーションを展開。その模様は縦割りを絵に描いたような互いに我関せずの省益優先。合併後の綱引きを前提にしたようなそれは不思議な光景だった。

ITSには当時の建設、運輸、通産、郵政に警察、環境を加えた各省庁が参画。それぞれが省益を視野に綱引きをするという縦割り行政の縮図は再編後も根深く残っている印象がある。そうこうしながら内輪でごそごそやっている内に、世界は一気に日本を置き去りにしてグローバル化に突き進んでしまった。残ったのは、官僚の天下り先としての民間道路会社であり、その数少ない利権の温床としてのPA.SAということになるのだろう。

その結果としてのガラパゴス。閉鎖空間ともいえる有料高速道路の施設内に、モビリティインフラとしての道路機能とは直接関係のない商業施設を設け、そこへの集客のためにキャンペーンを張る。ビジネスとしてはありだろうが、そもそもそれが道路会社の目的だろうか?

メディアの関わりも不思議だ。民放や新聞雑誌にとって貴重な広告主ということもあるのだろうが、こぞってNEOPASAと名付けられたショッピングモール状のサービスエリアを紹介した。情報番組やバラエティだけでなくニュース報道としても。

その宣伝効果は抜群で、4月14日の開通以来、各サービスエリア入り口では長時間にわたって流入渋滞が発生。そりゃそうだ。本来想定してはならない交通の流れに長時間滞在を前提とする飲み食い買い物の店を作っている。それが郊外のショッピングモールなら分かるが、道路と一体になったパーキングスペースに、である。

本来目的にはならないスペースに人心を誘導する。道路会社も道路会社なら、メディアもメディアだろう。それがいかに狂ったことかという疑いもなく渋滞の模様を放置している。繁盛ぶりを自慢していると思われても仕方がないだろう。なぜ、これはおかしいという意見が出てこないのだろう。

狂っているといえば、道路そのもののあり方もおかしいのだ。供用されることになった新東名総延長162㎞は、片側3車線、設計速度120㎞/hという高規格で作られ、平均勾配率は2%(旧東名は5%)。平坦でカーブの曲率も大きく真っ直ぐ開けた視界とともにとても走りやすい仕上がりとなっている。

これは同じ規格で作られた新名神についてもいえることだが、走った印象はドイツ・アウトバーンの最新路線と比べても一歩も引けをとらない。この道路が計画続行か凍結かで揺れた日本道路公団民営化論議の中でコスト削減論が優勢となり、2車線供用となってしまったが、用地確保やトンネル、橋梁等構造物の6車線分は確保されているという。

せっかく3車線で設計施工されたのに、妙な法的取り決めで不十分な運用となった。この臨機応変を欠く柔軟性のなさは、非効率よりも役人の面子が優先されるという点で日本の道路行政のネックと言わざるを得ない。

道路の規格としては140㎞/h走行を念頭に設計速度が検討されたというが、国内法規に140㎞/hの規格がなく、法律上の設計速度は道路構造令の第一種第一級120㎞/hとなっている。ただし、最高速度は道路交通法で定められている100㎞/hに留まる。


海から離れた山間部を走るが起伏は少なく平坦。出来立ての路面はフラットで、これまで経験したどの道路より乗り心地の良さを実感する。

今回は、LEXUSのニューモデルGS450hとフェイスリフトを受けたRXシリーズ(ハイブリッド含む)の試乗会の枠内という制約から、御殿場ICから新富士ICまでの区間しか試せていないが、ハイブリッドモデルを選んでの両車の試乗インプレッションを端的に延べれば、道路の性能の高さによっていよいよ現在のクルマ(日本車に限らず)の実力とその能力を消費することを拒む道路交通法の矛盾が際立った。

法定速度の権限を握る警察庁・公安委員会は100㎞/hの法定最高速度引き上げに応じる気はないようだ。世界一の技術力で生まれたクルマの価値を否定するかのような、旧態依然とした法規に留めようとする理由は何か? 自らの無謬性に執着して、国全体の活力を奪ってもなお権限を行使しようとする根拠は何か? 狂っている。こっちの目から見ると、そうとしか思えない。

世界中で繰り広げられている競争に勝つべく機能性納品質を高めた結果としてのクルマの価値を、半ば否定するような法体系。本来のサービスを追求するのではなく、ドライバーとクルマをひたすら儲けの対象としか考えない天下りの道路会社。それに媚を得るメディアとその影響で踊らされる庶民(?)。

たまたま開通直後の試乗会が当地であって(当然それを狙った主催者の企画だろうが)、そのコース設定に含まれたルートを見て来たまで。ニュースなどで前日の開通に殺到した光景を見て、PA.SAが観光地? こんなピンボケの日本人で大丈夫か!? 心底心配になった。

実を言うと、しばらくたって落ち着いてから新東名を走ってみようと考えていた。今回の試乗会の意図を察したのは動き出してから。午後一の時間帯でも駿河湾沼津SAの上下線はともに流入渋滞を起こしていた。わざわざ観光バスで訪れるツアーもあって大盛況? こんな狂った高速道路ほかのどの国にもありゃしない。

世界一高い通行料を払って、わざわざ混雑必死のロケーションに先を争うようにやって来る。その異常さを誰も指摘することがない。本質を考えることなく、メディアが流す情報に何も考えずに乗り、皆がやっているという理由だけで、正当化してしまう。

さすがに試乗時間帯の午後早い段階では渋滞の列を呆れながら眺めただけ。そんなものに並んで付き合うことは考えもしなかった。流入渋滞が見られなくなった夕刻近くに、Knowing is seeingということで覗いたら、平日の月曜というのに溢れんばかりの人また人である。観光バスもどっさり。

周辺地域の消費構造にゆがみを生じさせ、旧東名のPA.SAは閑古鳥が啼いたという。ここに書くことすらも宣伝の一翼を担うことになりそうだが、一事が万事の例えとなるようなこの狂った状況。書かずにはいられなかったというのが正直なところではある。



2週間後の黄金週間の混乱が目に浮かぶ。道路はもっと使い勝手の良い社会インフラであればそれでいい。

どうして、そうならないのか。深く考える必要があると思う。

2012年4月15日日曜日

トヨタ86とスバルBRZの読み解き方 その②


時間軸で近いところから次第に過去に遡って行く。倒叙法という文章スタイルがあると何かで読んだことがあるが、ドライバーのトヨタ86開発陣に訊く連載はスケジュールやら相手方の都合やらで、こちらの思いとは違う展開で取材が進んだ。

愚痴っているわけではなく、変則的だったからこそインタビューする側にいい意味での緊張感が生まれ、聞き手としても刺激が多く面白かった。まず最初に富士スピードウェイでN1仕様のテストをしているから、というスケジュールに合わせて商品企画と開発テストドライバーの話を聞いた。

その模様を転載するのは少し後回しにして、昨日のエンジン編と同じ日に愛知県豊田市の本社を訪ねて聞いたトランスミッション(T/M)開発者の回をご覧に入れる。普通エンジンが先でT/Mはそれを受けて…ということになるのだが、今回は何故か逆。それはそれで面白かったので、お楽しみ頂きたい。

T O Y O T A 86誕 生 秘 話  (driver2012年4月号)


前回は製品企画の立場からトヨタ86とは何か? にアプローチし、現代のトップガンとともにFRの走りという大命題に迫った。第二回は、21世紀に身近なFRスポーツを再生させる決定的な要素となったドライブトレイン、なかでも黒子とみなされがちなトランスミッションにスポットライトを当てることにする。

※     ※      ※      ※       ※       ※

ところは富士スピードウェイから愛知県豊田市トヨタ町一番地のトヨタ本社事務本館。約束の時間に赴くと現れたのは3名! いずれも第2技術開発本部所属で、石川友啓さんと伊藤光春さんがMTの第1ドライブトレーン技術部、高波陽二さんがATの第2ドライブトレーン技術部であるという。MTから2名というところに、86のスタンスというかコンセプトが垣間見れる。専門分野が細分化され、それぞれにエキスパートが存在する。日本の自動車産業の強みだが、いっぽうで縦割りの弊害もありそうだ。

それはともかく、トランスミッション(T/M)は取っ掛かりが難しい。最初にエンジンの話を聞いて、それを受ける形でT/Mかな? 描いていた想定は端緒から崩れた。

86は、単なる寄せ集め?


T/Mは受け身。内燃機の場合、変速と減速は必然だからエンジンを活かす存在として重要だが、T/Mから主体的に発想するってことはあるのだろうか? 苦し紛れに、まずそこから切り出してみた。

「ギヤリングをこうしたい、エンジンのトルク特性をこんな風にできないか、というやりとりはあります。MTはエンジンの美味しいところをどうやってギヤリングするか、シフト時にどう加速するか。エンジンをいかに動かすかについてはエンジン部門と密にやってます」

まずは実験解析室の石川グループ長が応えた。 それはECU(エンジンコントロールユニット)の話なのか、ギアのステップのことを言っているのだろうか。確認すると、ギア比そのもののことだという。エンジン特性でいうと、駆動力を人が運転して楽しいと感じられるようにする……といった。そこには方程式みたいなものがあるのだろうか?

「目安はありますが、要は人がどう感じるか。それに適合していくものだと思います。いわゆる過渡特性、ギヤを繋いでここからここまでどう加速して行くか。計算で出にくい部分でもありますし……」伊藤さんが引き取ってフォローする。

率直に言って、僕はT/Mのどこから切り込んだらいいか決めかねていた。かつて連載『ナノカセカンド時代の匠たち』でパーツからクルマ全体に迫ろうとしたこともあるが、今回は86という古くて新しいコンセプトのスポーツカー開発の中で、エンジンとT/Mがいかに存在感を得るに至ったか。そのプロセスにスポットを当てようとしている。

かつてT/Mは自動車メーカーの内製が基本だった。それが現在では専門のサプライヤーに任せる構造へと変化しつつあるようだ。でも設計はメーカーが主体的にやる? どうなっているのだろう。

「今回の86に関しては、設計は富士重さんからアイシンAIさんへの発注という形です。我々は出来上がったモノに対して、こうしたほうがいいのでは? といったアドバイスをする。こういう経験を初めてしたのが1991年のスープラ。トヨタのユニットとしてゲトラグ(ドイツのT/Mメーカー)と手を結んだのですが、すでにサプライヤーとして確立したブランドなので構成部品の詳細は出してもらえない。そんな状況でこういうフィーリングにしたい、なんていうやりとりをした。それと同じようなことが、1年間86に携わることで再現された。図面を見て実際の落としどころまでは決められないんですが、そこで富士重さんとかアイシンAIさんにアドバイスという形で……」

伊藤さんが話終わる前に、事情が呑み込めない苛立ちもあって尋ねた。いや、まったく分からない。だってクルマを企画して設計する。その際のユニット、パワートレインとかは単なる寄せ集めということになる?

「これはいい質問ですね」とここで割って入ったのが多田哲哉チーフエンジニア(CE)である。

86で見るクルマ造りの変化


今月の日経ビジネスご覧になりました? 唐突な質問に編集担当と顔を見合わせていると、トヨタ特集に『自前主義からの脱却』という項があって、86をテーマにした記事が書かれた。そこには最近のトヨタから発せられる様々なメッセージが紹介されたという。

「エンジンの自前は当然。基幹部品をいかに社内で育てていくか、それが勝負どころと考える時代がずう~っと続いていました。でも、時代は大きく変わっているんですね。世界的にみるとサプライヤーのレベルはもの凄く上っている。自前にこだわって内部でうだうだやっていたら、それこそアッセンブリーとして面白いクルマが出てこない。もう何年も前からそうなっていて、クルマの商品企画も方向転換しているんです」

86は、そうした流れの中で最初の企画になった。その経緯を話したら面白いということで、前述の特集記事が出来上がったというのである。

「脱自前主義をやろうとすると、深くデータを知り合わないと難しいことが出てくる。互いに乗り越えるためには、当然コミュニケーションが欠かせない。その一環としてスバルと一緒にスポーツカーを作るという前代未聞のプロジェクトを始めた。それが86の真相でもあるんです」

何だって? 86はトヨタのクルマ作り大改革のパイロットモデルだというのである。思いも寄らない展開に、ちょっと頭が混乱した。

「エンジンもそうですが、T/Mはもっと状況は難しい。トヨタが蓄積した基本的な技術を背景に生まれたサプライヤーとしてのアイシンAI(MT)、アイシンAW(AT)があり、今ではそこにスバルを担当する部署もある。三者をコントロールしながらモノ作りをしなければならなくて、正直面倒臭いというか、自前でやったほうがよっぽど簡単です。なかなかデリケートな話なので、ここは乗り越えながら作った背景を上手に抽出していただかないと……」

僕自身、大枠の認識としてこう捉えている。すでに欧州(とくにドイツ)ではサプライヤーが非常に力をつけていて、ほとんどの自動車メーカーで自社開発の比率が下がっている。国産各社はそれを追う途上にあると聞いた覚えもある。しかし現実はもっと深刻で、日本は先進国としては異様に内製率が高く、実はそれが明らかに足を引っ張っている……多田CEは断言するのだった。

「我々商品企画の立場から見ると、時代は間違いなく脱自前になった。その典型がスマートフォンですね。こんなモノが作りたいという着想がすべてで、問われるのは、世界中で最適の部品はどれ?とか一番早く作れるのはどこ? それがアッセンブリー商品の現実です。iPhoneが台湾製だとか言う人は一人もいないし、それで商品性が下がったりするわけでもない。時代は完全にそっちなんですが、日本は自前だなんだと言い過ぎて商品力が……」

落ちてきている。なるほどたしかにそうだ。実際、僕も心臓部のエンジンは自前じゃないと個性が揺らぐと考え、86のスバル・フラット4採用には疑義を抱いていた一人だ。

正直言ってトヨタ内部でも意識が変わり切っていない。だから、豊田章男社長は”BMWからディーゼルエンジンを買う”ことを電光石火で決めた。あれは社内向けのメッセージでもあったのだと、多田CEは解説する。

ここまで話を聞いて3つ閃いた。まず必要なのは『言葉』だということ。自動車メーカー、サプライヤー、そしてその各部署……これまで同じ日本語だけど意味や解釈が異なった言葉使いを、相互に理解できるようにすり合わせる。『オリジナル』はどう使うかが重要で、自前かどうかはどうでもいい。

そしてなによりも必要なのが『コミュニケーション』だ。スティーブ・ジョブスの優秀さは、エンジニアとしてではなく、何をどう持ってきてアレンジするという、コミュニケーション能力の高さと着想力によって光り輝いた。

「まさにクルマもそういう時代に入った。環境技術は別ですが、極端に進んだメーカーやサプライヤーがあるわけではなく、基本技術には差もない。どこにどんな技術があるか、何を組み合わせると面白いモノになるか。完全にコミュニケーション能力の勝負ですが、そこで日本は一歩遅れを取っているということです」

結局、オールニューとなった


なにやら話が巨大になってきた。話をシンプルかつクリアにするために、『オリジナル』を確認しよう。MTもATもベースがあると聞いている。MTはアルテッツァのアイシンAI製6速のアレンジでしょう?

「当初の企画段階ではそれを使おうと。それで進められたんですが、やっていく内にこれじゃいかん…となった。変えないと良いクルマにできないという我々の提案も含めて理解いただいた。なのでアルテッツァのモノが残っているかというと……」と伊藤さんの歯切れはもうひとつ。「いわゆる骨格部分は同じですが、ほとんど丸新です。8割がた部品は新しくなっています」石川さんがすかさずフォローした。

それならベースはアルテッツァ用とか言わないほうがいい。さらに突っ込みむと、多田CEが即応した。

「それは我々商品企画の問題です。今回のクルマ、最終的にプラットフォームはFR専用を造ると決めた。エンジンは既存のフラット4をそのまま使うと。でも、どうやっても性能が出ない。そこでスバルとトヨタのエンジニアが集まりオールニューエンジンを作った。アルテッツァ用T/Mについては『う~ん』という感もありましたが、ミッションまでオールニューなんて、当初は考えもしなかった。ところが、直して使ってみたらこれが全然駄目。”なんとかしてよ……”ということで、こうなった。新設計と言っても構わないんですが、トヨタは真面目なので。オリジナルが何かと問われれば、アルテッツァ用を変えたと答える。そういうことです」

既存のコンポーネントを調達してアレンジしたという物言いがそもそもの誤解の元になっていた。話が全面的に覆ったような気分を味わいながら、高波さん、ATのベースは何ですか? 話を切り換えてみた。「縦置き6速は2.5~3ℓに対応するマークX用があります。その制御はトヨタで開発して、スポーツシフトをアドオンして……」

 当初の企画段階では上手く調達して、ポンと作っちゃおう、と?

トヨタに限らず、そう言わないとクルマとして前に進まない。新しくして性能出なかったら原価の面倒は見ないぞと経営陣に言われるだけ、と多田CEはすかさず反応した。

それは分かるが、要するにMTはアイシンAIのアルテッツァ用J160がオリジナルで、それを使うことを前提にスバルの開発陣に提案した。その設計の段階でトヨタは何をやったということになるのだろう?

「シフトレバーだけを少し短くして、シャフト、ギヤ、ベアリング関係は流用して味付けできないか。まずそこから始まったんですが、操作感、フィーリング面でこのクルマに合わない。走りの味付けのスペシャリスト大阪(前回登場)や多田CEがテストして言うわけです」

伊藤さんの述懐に、でもその際に何を『良し』とするか評価軸をあらかじめ言葉で決めておかないと、どっちにでも行っちゃう。そう質すと多田CEは「もちろん決めました」目標には簡単に到達したが、乗ると駄目。少しずつ改良して行ったら85%ぐらい変わってしまったという。 ATの構成部品はマークXとまったく一緒なんですね?

「油圧をどう流すとか、電子制御に関わるチューニングスペック以外は基本的に型式名A960のスーパーインテリジェント6ECTですね」

当初の企画段階でMT、AT両方ないと成立しないという考え方はあったのだろうか?

「MTだけにしようと思ってました。しかしアメリカである程度売れないと商品企画にならない。正直しょうがないと思い、他部署にDSGの可能性を相談に行ったら『こんなクルマのために作れません』」多田CEはあっけらかんと言う。

高波さんの部署では当然比較検討はするんでしょうけど、今のところトヨタにはトルコンATとCVTしかない。2クラッチのDCT、本当はやりたかったのでは?

「素性から考えればまったく問題がない。スムーズさと応答性、コンパクトさと重量、トータルパフォーマンスではATのほうがいいんです」。

一瞬ただの強がりに聞こえたが、いやいや間違いなくDCTを超えたと思ってますから、と多田CEも真顔で同調した。86用ATでもっとも意識したのは重量で、トルコンATはDCTより軽いというのである。

これはメディアの問題でもあるのだが、今までなかったモノ、新しい技術を従来より良いと括る癖がある。欧州メーカーからDCTが出てきた背景には、MTが主流で少数派のトルコンより部品共用が可能な2クラッチのほうが開発、普及しやすいという側面もある。これはFRと他の駆動レイアウトにも関連づけられる視点だろう。

86で、AT限定免許撤廃!?


免許制度と併せて、ここは重要な視点かもしれない。多田CEは、MTを基本に86のコンセプトを考えたというが、時間と費用の両面でATにインセンティブを与えたら、そりゃATに流れる。トヨタは『免許を取ろう!』というキャンペーンを張っているけれど、AT免許取られたら86的には台無しだ。

「実は、免許の違いを廃止しようという活動も同時にやっているんですよ。昔みたいに両方乗れるようにしようと。あれは奥田(碩=ひろし現トヨタ相談役)が社長の時に、どうせATしか乗らないんだからATとMTを分けて簡単にとれる制度を作れと頑張った。これは公になっている話ですね。単に元に戻すというのでは具合が悪いので、新しいクルマ(86)を入れてMT免許のハードルを下げようとしているんです」

AT限定免許が生まれた経緯はそういうことだったのか。ちょっとしたスクープ話だと色めき立ったが、元に戻すのもまたトヨタの使命ということだろう。

余談ながら、僕は単なる懐古趣味やマニアックな視点からではなく、高齢化社会に立ち向かう上での身体論的な立場からもMTへの回帰を提案すべきだと考えている。2ペダルによるイージードライブより、機能的に使える身体(からだ)を活用するファンtoドライブのほうが、資源・環境・安全はもちろん、高齢者のクォリティ・オブ・ライフの視点からも有効だと常々思っている。

そこで、余談ついでに多田CEに人間の能力を引き出す技術開発というのがある。スポーツカーは一番分かりやすい例になるはずだが、たとえばATの自動変速のような感覚で嫌でもシフトしたくなっちゃうMTとか、まだまだ技術開発の余地は残されている。そんな話を振ると……

「任天堂DSの人気アプリとして有名な『脳トレ』がまさにそう。あれはスウェーデンのカロリンスカ大学で学んだ川島隆太さんの作ですが、トヨタにも同大を出て”運転したくなるってどういうことなんだろう”と2年くらい研究開発した男がいる。MTに乗ると明らかに脳が活性するし、老化防止にもなる。ぼ~っとしながら運転できるクルマなんて、交通安全上もっとも良くないんです」

シフトやクラッチワークで左半身を動かし、右脳を使うを使うことになる右ハンドルのMTなんかもっといい! ほとんど省みられない視点だが、これは僕のFR/MT論を補強する論点のひとつでもあるのだ。 その操作感でいうと、シフトレバーの長さ。MTもATもそんなに変えていない。あれの意味するところは何ですか?

「MTはもっと短くしたかったんですよ。最終的に決めるのはチーフエンジニアの権限です。企画段階でいろんな意見を聞いていて、最初はもっと短いやつを考えました。あえてそんなに簡単に入らないようなシフトにしてるんです。見栄みたいなもんでいうと、ですね」

数値やデータよりもフィーリングや官能性を重視したという86チーフエンジニアらしいコメントだ。

「マニュアルである以上、シフトポジションが分からないと不安になるということで、操作の重さとポジション感には非常にこだわってます。横バネやゴムなどによるヒシテリシスをつけながら。プロトタイプのMTに駄目出しがでて、もう1サイクル回させて下さいとお願いしたのが、10年の頭。試作で最終確認ができたのは同年の夏頃でしたね」とはMT技術室の伊藤グループ長である。

クラッチもかなり変わっているものなんだろうか?

MTの場合クラッチペダルとの関係はかなり綿密にやっている、とは多田CEの弁だが「技術的にはクラッチもギヤボックスの中身もそんなに変わりません。世界中には何十種類と同系同タイプのモノはありますが、クルマによって味があるようにそれぞれ違う。それらは数値化で語りきれないもので乗って乗り尽くして、いろんな意見を聞いて形にしていく」実験解析室の石川グループ長の説明はより現実的かつ実践的だ。

世界一の技術なんていらない


「昔の技術を捨てていかないと先に進めない。ともするとそういう話になりがちですが、技術の蓄積は膨大なんですよ。最適な組合せは何だとか、クルマのキャラクターに合わせていかにチューニングしていくかなんて、あまり派手さがない。今まで見たこともないクラッチ構造……なんていうほうが、記事にもしやすいじゃないですか。だから、こういうフィーリングになったのだとかね」

「クルマ作りの企画もそういう方向に行っちゃっていた感がある。この86のコンセプトは、バック・トゥー・ザ・ベーシックなんですよ。世界一の技術なんて一個もいらない。すべて昔に戻れ、と。ハイテク性能なんて要らない。そんな無駄な金遣うんだったら重心1㎜でも下げてみろ!と。そういう考え方はすべての部署に浸透していて、どうしても譲れないエンジンとかトランスミッションにはまさに最先端の技術を使う。カタログやスペックのための技術なんてクソ食らえだ、と」

脱自前主義の話もそうだが、多田CEの86というスポーツカー作りの哲学は一貫して本質の追求に向いている。

ハチロクのT/Mのここがいいぞというところを100字以内で述べよ(笑)と尋ねられたら……?

「簡単にいうと、乗っていてシフトしたくなる。これに尽きます。そのテーマに向かっていったのかな、という感じです」(石川)

ATの場合は? 同じ質問で。

「パドルシフトのブリッピング制御ですね。レーシングカーでも大体そうなっているのですが、普通のお客様でも味わえるフィーリングを作り込めたかな、と」(高波)

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86のステアリングを初めて手にしたのは昨年の秋。取材しませんか?含みある誘いに富士スピードウェイに足を運ぶと、本コースを2時間自由に走っていいという望外の提案。ひょっとして……淡い期待を抱いてヘルメットとスーツ一式をバッグに詰めて持参したら、文字通り棚からボタ餅がドンと落ちてきた。

前代未聞の境遇に胸は高鳴った。テスト車両とのコミュニケーションに全身全霊を傾けよう。心に誓ったのは当然だろう。シートに収まり、小径ステアリングホイールの感触を念入りに確かめ、ドライビングインターフェイスとの折り合いを得たところで、歩くようなリズムで富士のグランプリコースに繰り出した。

まず何よりも掴み取ろうとしたのが、全体から醸し出される雰囲気。身体のすべて、五感を介してもたらされるファーストインプレッションの塊だ。ステアリング、シフト、ABCペダル……身体がクルマと直接情報交換を行う操作系の出来ばえはどうか。あの時身体に刻まれた無形の思いがこの短期集中連載として実を結んだわけである。

次回は、いよいよエンジンに迫まることになる。

順序は逆でもけっこう読めるでしょう? 初回のインタビューは全編「〇×▲……」の鍵カッコ仕立てなので、ちょっと転載は難しいかも。ご要望があれば貼ります。

2012年4月14日土曜日

トヨタ86とスバルBRZの読み解き方


巷間、トヨタ86とスバルBRZが注目を集めている。雑誌メディアは相変わらずトヨタとスバルを対立構造に置きたがっているが、時代はそのような国内のコップの嵐に注目していれば良い段階をとうに過ぎ、欧米には到底いたることが難しいと思われる人と車と道(環境)が好ましいバランスに置かれた状態の創出を急ぐところに来ている。


トヨタ86というクルマの意味が明らかになるのはこれからだが、その成功のためには、このクルマが生まれた背景に対する十分な理解が欠かせない。以下は、driver5月号に掲載された連載3回目86のエンジン編。その全文を貼るので、是非参考にしてほしい。


T O Y O T A 86誕 生 秘 話  (driver2012年5月号)

旅をしていると、思わぬところで知った顔にばったり。奇遇というほかないピンポイントの状況に縁(えにし)を実感することがある。

2007年9月中旬だった。IAA(フランクフルトショー)の取材を終え、フランクフルト・アム・マイン空港の搭乗口に足を進めると、「おっ!?」目と目が合ってお互いにギョッとした。微妙な空気が漂った刹那、彼は藪から棒に切り出した。「ヨタハチって、ありですよね?」言葉はそれだけだったと記憶するが、僕は即座に含意を汲み取った。

その一月ほど前、朝日新聞が「トヨタがスバルとスポーツカーの共同開発で合意」という記事をスクープ。さらに数ヶ月前にはトヨタとスバルの共同開発プロジェクトが確定との噂話が某誌を飾っていた。それについてのコメントを本誌編集部に求められた際、「それはない!」言下に僕が否定したのにはもちろん理由があった。

結果的にトヨタ86計画は遂行されることになり、僕の見立ての誤りが判明するのだが、そのことを悟った瞬間が”あの時”だったのだ。彼とはもちろん本連載に毎回登場する多田哲哉チーフエンジニア(CE)。フランクフルト空港での鉢合わせは半年ぶりのことだった。

朝日・スバルと来れば情報源は大体察しがつくが、まあそれはいい。とにかく、僕が”トヨタがスバルのボクサー4気筒でFRスポーツを開発する”を確信したのは、フランクフルト空港で聞いた禅問答のような一言からである。

その辺りを織り交ぜつつ、今回はトヨタ86プロジェクトの核心ともいえるエンジンに迫って行きたい。


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インタビューに応じたのは、前回に続く第二技術開発本部からの二人。エンジンプロジェクト推進部の岡本高光さんとエンジン制御システム開発部制御システムパッケージ開発室の渡辺健二主幹である。

名刺の肩書からは何をやっているのかにわかにイメージできません。エンジンプロジェクト推進部……?「新しいエンジンを開発して生み出す部署ですね」と答える岡本さん。

ここで、多田CEの出番である。「何故二人がこにいるかという背景だけ喋って、私は部署に戻りますから」しばし耳を傾けよう。

「86の企画は、プラットフォームについては一新し、エンジンはスバルの既存の水平対向を流用、トランスミッションはMTがアルテッツァ用アイシンAI製でATはマークX用アイシンAW製をアレンジ(前号既報)する。そういう前提で承認され、スバルと一緒にやろうということが決まりました……」

この企画が立ち上がった2007年といえば、ジュネーブショー間近の2月7日、欧州委員会が自動車メーカーに対しCO2 排出の大幅削減を義務づける規制案を提出。それを受けた形のジュネーブショーの会場PALEXPOの華麗な雰囲気は、一変してエコモードに傾いた。

半年後のIAAでは、それまで『我々にはディーゼルがある!』と言って憚らなかったドイツを初めとする欧州メーカーが、手の平を返したようにハイブリッド開発をアピールした。

燃費とリッター100馬力 


すべては2005年2月16日に発効したCOP3京都議定書が起点となる話だが、今年2012年は欧州CO2 規制(自動車メーカーに技術改善によって新車1台の平均CO2 排出量を130g/㎞、タイヤその他の周辺技術と合わせて120g/㎞の達成を求める)が、2019年の完全実施(1g超過に付き95ユーロの罰金が総生産台数に対して課せられる。長期目標は2020年からの95g/㎞)に向けて段階的に始まる。

「そんなことから、いくらスポーツカーだからと言っても160g/㎞(CO2 排出量)を超えたらクルマとして認めてもらえない。俺たちの目標はスポーツエンジンなんだから、リッター100馬力は欲しい。環境性能と官能性能の両立です。そこでスバルのエンジニアと試作するんですが、結論は『どっちかにして下さい』。そんなのできるはずがない、ということでした。そこで、LFAのV10開発の中心人物だった岡本のところに相談に行ったんです」

多田CEの話はまさに当事者ならではのリアリティがあり、なるほどそういうことですかとその後の展開に納得できるものがある。

無理を言っても仕方ないので理論的にどうなのかと岡本に尋ねると、スバルの既存のエンジン(当時はEJだが次世代のFB型開発も動いていた)では難しい。バルブ径の制約があるので、ひょっとしたらボア×ストロークをスクエア(2l なら86×86)にしたらいけるんじゃない?とか、直噴にすれば燃費も馬力も両立できる……そんなことが分かってきた。

2l の排気量はパッケージングを書いて落ち着いた結果。もっと軽く小さくというアイデアは考えなかったのかという問いには、重量や安全規制との関係でクルマとして成立しない。そこそこ気持ちよく走るには2.5 l 案も検討されたということだ。

「いざ開発!となったところでまずハードルとなったのはトヨタ社内。そんな量産規模に専用エンジンなんて正気の沙汰か? トンデモナイ。技術部は常にマンパワーが不足していて、わけの分からない開発に優秀なエンジニアを出せるもんか、と。もうひとつのハードルはD-4S=直接/ポート噴射のダブルインジェクション。トヨタのエンジン技術の虎の子です。それをスバルに開示するなんてトンデモナイ」

トンデモナイ、トンデモナイでもうボコボコの目に会ったそうだが、強力にバックアップしてくれた役員の存在に救われて『まぁいいか』となったというのである。

「金の面倒は見ないけど何とかしろということで、じゃあスバルさん一緒にやりましょうと言ったら、トヨタ社内以上に驚かれた。特に直噴についてアレルギーがあったんです」

世界的なブームの際にスバルも直噴を手掛けたが、不具合が多くてものにならず。当時スバルで直噴の陣頭指揮を取っていた人物が折悪しくエンジン部門の役員になっていたこともあって、全然話にならない。

「それでも一度D-4Sボクサーを作ってみようとなった。現物化したところで話が大きく進展したんです。高いハードルと思っていた性能が、バッと出た。これにはスバルもトヨタも驚いた。D-4Sは凄い技術ですが、アプリケーションが難しい。ノウハウを提供しても、出来るはずないと言うエンジニアも多かった。予想以上に早く性能が出たという経緯があって、今回この2人がいるということです」

それでは……と腰を浮かす多田CEに、編集担当が是非とも個人的にお尋ねしたい、と食い下がった。”スバルに開発のすべてを任せたのはなぜですか?”

「別に任せていませんよ。メディアの皆さん誤解しているようですが、トヨタにとって86はごく普通の開発です。これはレクサスも含めてですが、企画デザインはトヨタがやって、実際に設計図を描くのはトヨタのグループ会社。最近はデザインまで他社が入ってきているので、今回は通常以上にトヨタ本体が動いたという意識なんです」

「お尋ねの件、あちこちで耳にしますが、最初僕は何の質問か理解できなかった。トヨタ内部で設計図引くのはレクサスLSぐらいです。ただスバルとは2005年に株を買うことになった日の浅い関係。ダイハツとかトヨタ車体みたいに互いに理解の及ぶトヨタ言語、共通語がない。そこだけは違うと、すごく覚悟して取り組んだわけです」

”スバルがなかったら、86の企画は成立しなかった? 当初は直4で…という話もあったと聞いてますが”

「水平対向を使うという意味ではそうです。直4ではパッケージングが成り立たないので。マツダと提携していたら、ロータリーを使っていたかもしれない(笑)」

まだまだトリビアは尽きないが、この辺で本題に入ることにしよう。

マツダと同じ考え方だった!?


多田CEが岡本さんの所に相談に行った時、実は彼あまりエンジンに対する理解は十分ではなかった?

「まずはリッター100馬力欲しい。そして燃費(160g/㎞=14.5㎞/l )。両立したいと言うわけです。トヨタの4気筒スポーツユニットの3S-Gや2ZZ-Gは7800rpm。回して馬力を稼ぐというのは結局ローギヤードなんです。燃費の両立は厳しい。もっと低い回転数でリッター100馬力を出す。そういう観点から攻めると、D-4Sという最新技術を使えば従来より600~800rpm低くても出せます」(岡本)

トルクが得られるという意味?

「というより、直噴なので気筒内温度が下げられる。それによってηv(イータ・ブイ=吸気の体積効率)が向上する利点がもともとあるわけです。ただ、直噴を使うと吸気行程中に全部燃焼させるために乱れ(渦流)を強くさせないといけない。ところがポートに乱れを付けると、直噴でηvが増えるより抵抗による相殺のほうが大きくて、結局性能がでません」

「筒内温度が下がると効率が上る。ここに直噴のメリットがあるんです。ポート噴射は、バルブの近傍に溜まっている燃料をガバッと吸い込んで、吸気行程中も含む広い範囲でちゃんと燃焼が成立する。吸気抵抗などは関係ないんですね。筒内に直接吹く直噴は、点火直前の短時間に燃料と空気をミックスさせて、液滴が完全に蒸発するような状態を作り出さなければいけないもんですから、乱れを与えてやらないと」

岡本さんの話は当然のことながら専門領域に直行する。スワールやタンブルのこと?

ここですかさず、渡辺さんがフォローに回った。「そうです。当初のD-4ではそのためにタンブル/スワールコントロールバルブを吸気ポート内に設けていました。でも、バルブが付いているので抵抗になる。そこでD-4Sでは、乱れを作るバルブとかポート形状をなくし、ポート噴射を合わせることで乱れと均一性の両立を図っているわけです」

「結局、高回転・高負荷の領域では乱れを付けなくても自然に渦流が発生するものですから、実は直噴でも燃焼する。低負荷のところでは乱れは必要。ですから必要に応じてポート噴射に切り換える。直噴/ポート噴射、吹き分ける両方を持っていることによって燃やす。吸気ポート内の抵抗を最小にして直噴を成立させる……それがD-4Sの目的です。5%から7%ほど吸入効率が向上します。通常7800rpmぐらい回さないとリッター100馬力を達成できないところを、7000rpmでも出来てしまうということです」

アカデミックな岡本さんの話に目を白黒させていると、ふとあることを思い出した。直噴技術を突き詰めて、高圧縮比による高効率化とηv向上による高出力/低回転化を実現する……要するにダウンスピーディング。そう、これってマツダのSKYACTIVの導入時に、ベルリンのテクノロジーフォーラムで脳味噌にたっぷり脂汗をかいた技術内容と重なる。

そう言えば、「86のエンジンは内燃機関で頑張っている某社と同じようなことをやっている」初回の富士スピードウェイでのインタビューの際に、多田CEが意味ありげに呟いたことを思い出した。

D-4Sで生まれるエンジン性能


このインタビューは2011年末に行った。正式発表前ということで詳細スペックは明らかになっていないタイミング。改めて確認すると、ボア×ストローク=86×86㎜の排気量1998㏄。圧縮比12.5で最高出力147kW(200ps)/7000rpm、205Nm(20.9kgm)/6400~6600rpmを発揮。ブリミットは7400rpm。燃費はJC08モードで最良13.4 ㎞/l (173g/㎞)と公表されている。

D-4Sを搭載するFA20は、同じ2l NAで7000rpmで最高出力を得るNCロードスターのLFVE型(125kW=170ps、189Nm=19.3kgm)との対比で約20%の出力優位性を備える。ロードスターは車重が100㎏ほど軽いので、比出力=パワーウェイトレシオは86の6.15に対し6.58㎏/psと接近するが、それでも燃費はJC08で約5%ほど上回っている。

「D-4Sの特徴を端的に示す例をもうひとつ。同システムを採用するトヨタのV6(2GR-FSE)は3.5l で318ps/6400rpm、380Nm/4800rpmです。これに対抗して日産は3.7l (VQ37VHR)で333ps/7000rpm、363Nm/5200rpmを出しましたが、直噴ではありません。D-4Sのメリットは低い回転数で出力が得られる。トルクで200㏄分の差があるんですよ」

整理しよう。86に採用されることになったFA20には最新のD-4Sが投入されている。ηvの向上を目的とした新システムは、一世代前のエンジンより低回転でリッター100馬力が達成できる。ηvは低回転域から効く。リッター100Nmを基準とすると、最低でも5%(105Nm)トルクを出せる。その分ギアリングを考えて燃費にも振れる。この特性を活かしてスポーツカーとてして成立させる。そういう基本戦略が根底にあった、ということだ。

思い起こせば2年半前の第41回東京モーターショー、登場したFT86コンセプトを取材する際に”ボア×ストロークは86×86㎜で1998㏄になるよね。だから86コンセプトなんでしょ?”多田CEに当てずっぽうで投げたら、彼の目が一瞬ギョとなった。理屈としてはそこに収まってしまうものなんですか?

「燃焼という観点で見ると、ストロークを長くしてピストンスピードが上ると自然に乱れがついて、燃焼は良くなる。燃費を稼ごうとすると、結局ロングストロークになっていく。ただ、それだとリッター100馬力を出すための……」

回転数が足りない?

「バルブ面積が足りないんです。ボア径が小さいと、必要な空気量を満たすバルブ面積が不足するんです。私はレースエンジンをずっと手掛けてますが、ロングストロークによるピストンスピードで性能が制約されることはほとんどありません。逆にショートストロークで燃焼を満足させようとすると、余分に乱れをつけないと同等の燃焼状態が得られない。ディメンションの制約要件はエンジンの全幅。水平対向エンジンはサイドメンバー内に収まるかどうかが問われますから。86×86㎜は、スバルさんが持っているラインアップ(EE型2l ディーゼルターボ)から考えて決めたわけです」

FA20に対するトヨタの関わりは詰まるところ何をどうしたんです?「ポートやピストンのデザイン、燃焼に関わる部分はトヨタのものを持ってきている、ということですね」(岡本)

「燃焼室形状ですとか、冷温時に成層燃焼させるためのピストン頭頂部のキャビティ形状。そのへんの設計に加えて、我々が開発中のD-4S技術のディメンションを相似形で入れ込んだものをそのまんま包み隠さず。設計図から制御仕様書まで全部スバルさんにお渡ししています。現在トヨタで量産している次世代の技術、ポートインジェクションの位置関係であるとか、直噴インジェクターの噴霧形態であるとか。さきほど多田CEが虎の子と表現してましたが、これまでのトヨタでは考えられない取り組みなんですね」(渡辺)

低さよりも短さで有利?


水平対向エンジンは、素性としてはどうなのだろう。広くエンジンを考えた時に、専門家としての見立てはどうなるのだろう?

「コストですね、一番は。高いです。(軽くはない?の問いに)いや、全長を短くできるので軽いんですよ。もっとも効くのはクランクシャフト重量。この点で直4は勝てません。重心高は、実はそれほどでもない。言うと怒られちゃうかもしれないけれど、ドライブトレインのセンターは決定的には変わらない。上屋がない分軽いですが、オルタネーターやエアコンはクランク軸の上方に来ますからね。短くて軽いから、ヨー慣性の小さいクルマに仕上げられる。ノーズが軽い走行感覚は、そっちのほうが影響が大きい」(岡本)

「直4を横倒ししてもそこまで後退させられない。フロントミッドシップというのは多田CEが非常にこだわったところです」(渡辺)

なるほど専門家の見立ては深い。7400rpmのレブリミットは、直噴インジェクターに必要な高圧を得る(ソレノイドの)ドライバーの許容限界が決めるということで、ボア×ストロークが直接それに関与することはないそうだ。

サウンドジェネレーターによる音作り(サウンドチューン)はエンジン設計の領域ですか?

「トヨタにはエンジンプロジェクト推進部の中に機能開発部署がありますが、86はチューニングを含めてBRZと同じです。このクルマでは技術交流会というのがあって、D-4S以外でもトヨタのエンジン部門がディスカッションに加わってます。エンジンの設計や目標設定はスバルさんの領域でが、トヨタのエンジンでもありますのでお互いに……」

ここが一番分かりにくい。イニシアティブはどっちなんですか?

「開発の主はスバルさんですから、スバルです。ディスカッションしていくと、トヨタ基準を通せない部分も出る。彼らもエンジニアとして誇りを持っているし、技術力も高い。開発の過程で互いに尊重・尊敬し、認め合う関係になり、切磋琢磨してこのFA20を作り上げた。双方に勉強になったと思ってます」(渡辺)

「機能評価マトリックスというのがあるんです。オイル消費とかPCV流量にトヨタもスバルも基準を持っている。トヨタが売るクルマとして譲れない部分はディスカッションを踏んで合わせてもらう。ダイハツさんやヤマハさんとの開発ではフルトヨタスペックですが、スバルさんとは歴史が浅いので基準の確立に時間が必要でした」(岡本)

一番衝突したテーマは何でした?

「キャリブレーション(適合)ですね。技術を尽くして、どちらかが技術的に納得する」(渡辺)

FA20の開発完了は2011年の7月。改めてそこまでの紆余曲折を時系列的に振り返るのは控えるが、スポーツユニットとして高い可能性を秘めた個性的なエンジンを、短期間で量産可能レベルに引き上げた実力は、総力戦必至の状況を迎えつつある日本自動車産業に希望が持てるという点で高く評価できるのではないだろうか。


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「86の企画を任された当初、今井君という若い部下と二人で調査を始めました。彼は、入社以来AE86しか乗ったことがないし、これ以外買う気もしない。多田さん、これしかないですって朝から晩まで言ってた。そうこうしている時に『クルマはFRしかない』と言う人がいると聞いて会うことになった。実は、FRを採用することに不安があったんです」

「なんでこの時代にFR、何が良いのか説明しろ……ということでいろんな人に会って話を聞いたんだけど、何もない。一人だけね『多田さんFRが良いに決まってる。人間が歩く際、足を前に出すと手はバランスを取るように動く。FRと一緒でしょ? 人間の身体にぴったりなの。FFなんて逆立ちして走っているようなもの』なんて言う。確かにそうだ。”これだ!”みたいな。ヒントは伏木さんから貰ったと思っているわけです」

インタビュー冒頭の話の流れの中で多田CEは5年前の記憶を掘り起こしてみせた。

「実は、僕は人馬一体に反対なんですよ……」僕はそう言いながら応じることにした。人とクルマの関係は意志のある異なる生命体を制御する人と馬の関係ではなくて、カラダが一体化しながら伸びる。クルマは身体機能の拡大装置なのであって、自分の身体がクルマになるという発想でなければいけない。自分が動いているんだと思えばいい」

「FRはだから気持ち良いんだと、煙に巻いた覚えがあります(笑)」多田CEの合いの手を無視して続けると、これは市川浩という身体論で知られる明治大学の哲学教授と出会った時に確信した話。某タイヤメーカーのブランド立ち上げに関わった際にFRに関する持論を語ると、「そういう考え方はあるよ。君は自動車の世界では孤立しているかもしれないけれど、他の世界にはそれぞれにいるから心配するな」これに励まされて30余年、なかなか説明する機会もないので、端的にFRはドリフトだと言っているわけです。

86は、その中身を知れば知るほどイメージにきれいにはまってくる。僕は依然として1.6l 直4の汎用スポーツモデルの必要性を感じているが、グローバル化している自動車ビジネスでの成功を考えると、ボクサーFRスポーツには納得が行く。何よりもその素材性の高さ、アフターマーケットを活性化させるポテンシャルは、日本のクルマ作りのあるべき姿を具体的に示していると思う。

この原稿を執筆中に「ただいま〇〇に向けて移動中ですが、連載二回目なかなか面白いですね。ところで伏木さんスマイルカーブって知ってますか? 調べると面白いですよ」多田CEから謎かけのような電話が入った。まだまだこの連載を続けてほしい。どうやら直々のリクエストであるようだ。

やりましょう。